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評者◆添田馨
象徴と民心②――象徴界の言語
No.3279 ・ 2016年11月19日




■野山や海原に戦死者の屍が累々と打ち捨てられている……「海行かば」が流れてくると、私の脳裏には決まってこんな情景が浮かぶ。その時、想起されたのはつねに昭和天皇の面影であった。戦後になってから象徴天皇に移行したとはいえ、先代の昭和天皇においては、戦前からのこうした強固なアウラが、終生消えることはなかったように思う。これに対して今上天皇には、そうしたイメージを私は一度も抱いたことがない。今上天皇に「海行かば」は、まったく以てそぐわない。その理由として私は、天皇が代替わりすることで、この国の目にみえない象徴界にも重大な変化が生じたからなのだと考える。
 象徴界の実在性が私たちの前に露出した事例もないわけではない。例えば、広島の原爆死没者慰霊碑の碑文「安らかに眠って下さい過ちは繰返しませぬから」をめぐって起こった「碑文論争」がそうである。論争は、この碑文の後半部「過ちは繰返しませぬから」について、原爆投下という「過ち」を犯したのはアメリカ人なのに、まるで日本人が「過ち」を犯したように受け取れるという否定意見と、いやこれはすべての戦争犠牲者への冥福と不戦の誓いを述べたものなのだという肯定意見の、対立し合う構図として総括できる。
 象徴界から無意識の反照を受け取っている者といない者とで、碑文の解釈がこのように齟齬し合うことになるのはむしろ仕方のないことだった。なぜなら、この碑文は明らかに象徴界の言語で書かれており、そこで表明される誓いも、一国一民族的に止まらぬ普遍的性格のものだったからである。従って、「安らかに眠る」べきなのは原爆の死者とそれに連なる“全戦没者”でもあるのだし、また、そこで固く不戦を誓う主体も、特に日本人ということに限定されない“全人類”なのだという象徴的解釈が成立するのである。
 象徴界を支える基底とは、集合的な民心以外にない。恣意的な読みを許さぬ“抗体”があるとすれば、民心こそがその最後の実在性を支えているのだ。







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