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評者◆市川憂人
『ジェリーフィッシュは凍らない』(東京創元社)を出版した
ジェリーフィッシュは凍らない
市川憂人
No.3279 ・ 2016年11月19日




■クラゲの形をした飛行船「ジェリーフィッシュ」で起きた連続殺人事件の謎を描く本格ミステリ――昨年受賞者なしだった鮎川哲也賞。第二六回の今年は、選考委員が満場一致で推薦の大本命登場

 第二六回鮎川哲也賞は、応募総数一三五編の中から市川憂人氏の『ジェリーフィッシュは凍らない』に決まった。雪山の中腹で、全焼した小型飛行船「ジェリーフィッシュ」と六人の遺体が発見される。なんと遺体の一つは首と手足が切断されていた! 逃げ場のない空中で起きた連続殺人の謎を、船内と地上という二つの視点から立体的に描き出した本格ミステリ作品だ。
 同賞への応募は初めてだったが、短編を中心に数々の公募企画に挑戦してきた経緯がある。しかし「長編ミステリの賞への応募は初めて」。そのきっかけを作ったのが、東京創元社主催の短編推理小説の公募企画「第10回ミステリーズ!新人賞」だった。「最終選考に残って落ちたとき、選考委員の先生全員から「これは長編のネタでしょう」と言われたのです。それで、よし、長編を書こうと本腰を入れて書き始めました。それが二〇一三年のことですね」
 昨年、鮎川哲也賞は受賞者なし。今年は北村薫、近藤史恵、辻真先の選考委員三氏が満場一致で本作を推薦した。とりわけ辻氏は「はじめて目を通したときの興奮は、昨日のように鮮やかである」と激賞。「大変光栄なことです。特に辻真先先生のコメントにはとても感激しました。運がよかったということもあるかもしれないです」と喜びを改めてかみしめた。
 帯文に「21世紀の『そして誰もいなくなった』登場!」とあるとおりの緊迫感あふれる展開。実際アガサ・クリスティの作品を意識していたのかと問うと、「綾辻行人先生の『十角館の殺人』です」とすぐに答えが返ってきた。「中学校に上がる前、赤川次郎先生の『東西南北殺人事件』に出合いました。そこからずっと〝三毛猫ホームズ〟や〝三姉妹探偵団〟シリーズを読み継いでいるうちに、中学二、三年生のころに綾辻先生の『十角館の殺人』に遭遇し、新本格作品に走っていきました」と自らの原点を振り返る。
 東京大学在学中は、文芸サークルの新月お茶の会に所属。「作家になれればいいなというおぼろげな夢はありましたが、本格的に書き始めたのはお茶会に入会してから。入会した理由は、ミステリが好きだから。当時も、たぶんいまもそうだと思うのですが、東大にはミステリ研究会がないんですよね」
 ジェリーフィッシュとは英語でクラゲのこと。表紙のイラストにあるように、登場する飛行船はまさにクラゲの形をしている。「最初はSF設定ではなくて、普通の飛行船で話を作りました。しかし、それだとサイズが大きすぎて無理が生じ、お蔵入りに。そんなある日、別に現実に存在する飛行船でなくてもいいと思い至りました。そこでSF設定を持ち込んで、サイズの小さい架空のジェリーフィッシュ型飛行船にしたのです。この形になるのは、私の中では自然の流れでした。小さくするには真空にするしかない。真空ということは、力学的なバランスを考えると球形に近い形になり、そこにゴンドラを付けるとなるとジェリーフィッシュの形になる。ちょっと格好いい言葉で言うと論理的帰結というやつです」と、学生時代に化学工学を専攻していた氏ならではの見解だ。
 一瞬、未来が舞台のSFミステリかと思いきや、時代は一九八〇年代というのが何ともユニーク。「時代設定を考えたときに、未来よりは過去のほうが面白いと思いました。普通に未来、例えば設定を二〇五〇年にすると、実際に二〇五〇年が来てしまえば、それは過去になってしまう。それならば最初から過去のほうがいい。八〇年代は私にも記憶のある時代で、比較的書きやすいということもありました」。この設定の妙は、単なるギミックではなく、物語自体に深く関連していることは指摘しておこう。
 本書の読者は、本格然としたたたずまいに魅了されると同時に、硬軟入り交じる豊かなキャラクター造形にも目を見張ることになるだろう。事件は陰惨だが、捜査を担当するマリア・ソールズベリーと部下の九条漣の会話の応酬は軽快で、そのコントラストが素晴らしい。「会話文のみならず地の文についても、書いては消してを繰り返しながら、リズム感が出るように心掛けました。実は、お茶会はガチガチのミステリだけではなくて、SFやファンタジー、ライトノベルなどのエンターテインメントを含んだいろいろな小説を書いているサークル。そこでの経験が、キャラクター設定の部分で生きていると思います。マリアと漣の会話はやはりライトノベルの影響が大きいですね。赤川次郎先生のユーモア感覚も根っこにあると思います」
 現在は会社員。本作も、帰宅後と休日の時間を使って書き上げた。「両親をはじめ、いろいろな方から仕事は辞めないほうがいいよと言われています。いまのところ、両輪で続けるつもりです」とのこと。気になる受賞後第一作は、「マリアと漣のシリーズで続編を書く予定。受賞していなければ、この二人はもう登場させることはなかったと思います。受賞後に慌てて構想を練り始めたのが正直なところです」。読者にとっては、何とも嬉しい展望を語ってくれた。







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