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評者◆くにたちきち
想像力を失うことで、社会の分断が加速される
分断社会・日本――なぜ私たちは引き裂かれるのか
井手英策・松沢裕作編
No.3277 ・ 2016年11月05日




■明治社会を「獣の世」であるとしたのは、大本教開祖である出口なおでした。明治維新は「万人の万人に対する戦争」で、弱肉強食の世界であり、それまでの通常道徳的イデオロギーである勤勉、節約、自己規律から、競争による勝者と敗者に分断された社会が到来した、となおには映ったのでした。
「そして、現在の分断社会の原型となったのは、この明治に生まれた分断の形であった。」と著者は述べています。明治政府には、経済的弱者に対する施策には熱心であろうはずはなく、貧困対策制度として制定された「恤救規則」(1874年)がありますが、この法律は、少しでも労働能力があるものを全く救済の対象とはしていませんでした。こんにちの「自助」に通ずる制度設計である、と指摘しています。
 戦後になっても、「勤労」という概念は、その命脈を保ち続け、とうとう、日本国憲法第二十七条では「勤労は国民の義務である」とされるにいたった、としています。そして、奇跡的ともいうべき高度経済成長期の所得増大により、先進国を代表する平等主義的な国家が実現しました。
 しかし、バブル崩壊後、状況は一変し、巨額の政府債務が積み上がり、少子高齢化が進み、近代家族モデルは破綻し、倹約の象徴である民間貯蓄の大部分が、家計貯蓄から企業貯蓄へと置き換えられ、さらに、雇用の非正規化が進み、所得水準が低下したことは、企業が内部留保を増やしたことの裏返しだった、と述べています。
 このようなことから、経済的失敗が道徳的失敗と直結する社会を維持し、叶わぬ成長を追い求めていたのでは、失敗者を断罪する「獣社会」に回帰するのではないかと危惧し、新しい秩序や価値を創造し、痛みや喜びを共有することを促すような仕組みを作り出すには、どうすればよいのかを、問うています。
 まず、働く人びとの分断を乗り越えるために、男性と女性、正社員と非正社員の分断を乗り越える可能性を模索しています。同一価値労働同一賃金原則の正しい実施がその突破口であると、しています。次に、住宅問題を取り上げ、公営住宅の不足を解消し、住宅の再定義を行い、分断を修復する糸口とする必要性が、述べられています。
 また、多くの先進国と同じく、政治社会の分断が日本でも強まっているとし、ポスト五五年体制で生じた有権者の「脱編成」でもって政治の競争環境は液状化し、政治の対立軸はより分化したものになっていった、と述べています。そして「利益の組織化」から「憎しみの組織化」へと変化して、現在にいたったと分析しています。また、このようなことは西欧諸国においても起こっていると、指摘しています。
 ネット時代においては、マスコミは「マスゴミ」と揶揄されるほどに嫌悪され、マスコミに対する不信感がネットには蔓延していると述べ、これは、社会が想像力を失っているからであり、そのことによって、社会の分断が加速されていると、断じています。ここで、著者は「解決のための処方箋ではなく、問題の所在を明らかにすること」を目的としたと述べ、先に提起した「新しい仕組み」に対する答えは留保されています。もう少し、論議を深めてほしかったと願うのは、ない物ねだりなのでしょうか?


選評:過去と現在とで、人間の生活が大きく変容したのは間違いない。だが、一見幸福そうに見える生活を支えてきた近代的なシステムが、必ずしも正しいものであるとは限らない。本書はこれまでの価値観を五名の執筆者が捉え直し、様々な「問い」を提示している。そこに「答え」がないのは、人間そのものがなにかの「仕組み」ではないからかもしれない。







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