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評者◆秋竜山
自分の母は「良い乳房」だったか、の巻
No.3275 ・ 2016年10月22日




■子供時代の記憶もままならぬものを、赤ん坊の時は? なんて聞かれても答えようがないだろう。聞くほうも聞くほうである。人間に赤ん坊の時の記憶があるわけがない。あったとしても、でたらめ記憶としかいえないだろう。堀有伸『日本的ナルシシズムの罪』(新潮新書、本体七〇〇円)では、母子関係の話。
 〈もちろん言葉のない世界のことですから正確に再現はできませんが、精神分析家のクライン(1882-1960)は、そのような乳児の心を、「妄想分裂ポジション」と「抑うつポジション」という二つの概念によってひもといています。以下、ざっと説明します。乳児の心は一つのまとまりを持たないまま、混とんとしています。そして時折り、「空腹感」や、「不快感」(オムツが濡れた、など)が突出して大きくなります。空腹には授乳、濡れたオムツは交換、という具合に不快感や衝動がすぐに取り除かれると、乳児はそこに「快」を感じながら「良い世界」で時間を過ごします。ただし、そこでは、乳児は「外部」とか「他者」といった対象をまだ知りません。〉(本書より)
 乳児の泣き声で空腹のためとか、オムツが濡れたことなどがわかる。はじめの内はわからないが、その内にわかってくるものだ。乳児が二つのことを泣きわけているのだろうか。そうでもしない限り、聞くほうもどっちのことで泣いているのかわからないだろう。「乳児の時、どーでしたか?」と、記憶を求めたとしても「ハイ!! たしかに泣きわけていました、腹がすいていましたから泣きました」なんて、誰が信用しますか。それに、自分が今、乳児である、なんてことを意識しているわけでもないということだ。当たり前のことであるが、その当たり前であるということが何とも素晴らしい。空腹やオムツの濡れをかまってくれない母を、
 〈強い欲求不満に圧倒され、ついには心がバラバラになりそうな恐怖や不安を感じます。その時体験されるのが、「母の不在」です。乳児はそれに対して怒りや恨み、攻撃性や羨望を向けます。これが人間の憎悪感情の最も原始的な形態で、不在である母は、不快をもたらす「悪い母」になります。つまり、母が「良い母」である場合は、乳児の心は自分を含めた全体を「良い世界」として体験していますが、反対に、母が不在の「悪い母」である場合は、自分を含めた全体が「悪い世界」として体験されるのです。乳児は世界を時間的に連続したものとして体験できないため、「良い母」「良い世界」と「悪い母」「悪い世界」という二つの世界は、分裂したままで統合されていません。乳児の頭の中では、母親の乳房についても「良い乳房」「悪い乳房」が別々に存在していて、同じ母の、同じ乳房だと思わないのです。〉(本書より)
 そこで考えてしまう。自分の母は「良い乳房」であったか。もちろん「悪い乳房」ではなかったはずだ。たとえ「悪い乳房」であったとしても何十年も時がたてば、全部「良い乳房」になってしまうのである。それにしても、「母の乳房」などという、忘れてしまっていたものを呼びもどしてもらったような気分がして、あまりのなつかしさに、天国にむかって「お母ちゃーん」と叫びたい思いである。







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