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評者◆内堀弘
稲垣足穂147冊蒐集の全記録――市井のコレクターの寡黙な情熱
No.3274 ・ 2016年10月15日




■某月某日。本当に面白いコレクションは個人のところにある。美術館とか図書館ではなく、個人のところに。古書の世界でも昔からそう云われてきた。
 信州に住む古多仁昂志さんが『稲垣足穂147冊の書影』(2012)というオブジェのような一冊を出している。限定47部のこの本には『タルホ=コタニ遊縁戯録』という附録があって、タルホ本147冊の、それぞれの蒐書にまつわる逸話が年代順に綴られる。このクロニクルが抜群に面白い(附録の方は少し多めに作られている)。
 1972年10月、東京で学生生活をおくっていた古多仁さんは、神保町で『青い箱と紅い骸骨』(昭47)を買う。尖った学生というのではない。たまたま新聞で稲垣足穂を知ったのだ。きっかけは偶然だ。翌日には『タルホ・コスモロジー』(昭46)を、翌々日には『ヴェニラとマニラ』(昭44)を買う。いや、バイトをしながら憑かれたようにタルホを買いはじめた。そんな日々が克明に記録される。学生生活最後の一冊は1974年1月、渋谷西武の古書市で見つけた『鼻眼鏡』(大14)。代金の1万4千円を払うと「電車賃もなくなり、東横線の祐天寺まで線路沿いを歩いて、学芸大学の下宿に帰った」。
 春からは故郷信州の中学校の事務職員となる。「職場では普通人を装い、タルホさんを追い求めていることは誰にも話さなかった」。人知れず、その後もコレクションは増殖していく。しかし縁とは不思議なもので、ある日「隣の(実業高校の)校舎から、コタニサーンーと」声をかけてくる人がいた。それが観念芸術の先駆者松澤宥。松澤はここで夜間部の数学教師をしていたのだ。信州に暮らす無名なコレクターは、やがて編集者郡淳一郎や書容設計家羽良多平吉、京都の僧侶井上迅らと出会う。その日々もまた蒐書の賜物のように豊かなものだ。そして2011年3月、地元町役場で定年を迎えた。
 この附録は29頁。分厚いものではない。それでも飾り気のない文章で淡々と綴られるコレクターの人生は素晴らしい。
 以前、寺山修司が中央競馬会のテレビCMに出ていたことがある。独特の東北訛りで「人は誰でも二つの人生を持つことができる。遊びはそれを教えてくれる」と科白は終わる。これが流れていたのは、古多仁さんがタルホに出会った頃ではなかったか。







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