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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻21
No.3274 ・ 2016年10月15日




■「水を売るよりも世の中を変えないか」
 2001年夏、翌年の6月に行われる隣り町の加古川市議選に井筒陽子を立候補させようと上京した高砂市議の井奥雅樹だったが、陽子とピースボートの仕事仲間からはあっさり断わられたものの、ピースボートの“隊長”こと本山誠から、「嫁の陽子はだめだが、亭主の高雄は仕事で悩んでいるようだから口説いてみたら」とヒントをもらい、その夜、井筒一家と出かけた韓国家庭料理屋で、「亭主」のほうを口説いてみた。
 すると、「亭主」からは驚くほどあっさりと、「俺がやってもいいよ」という返答があった。
 これには妻の陽子もびっくりして、よく考えてから返事をしたらと、その場で翻意を促した。夫の性格からしてろくに考えずに、勢いだけで返答したと思えたからだ。
 しかし、そのとき井筒の頭の中には、一年もたっていない地元区議会相手の体験が甦っていた。事の発端は、井筒家に新宿区から届いた、「保育料の値上げ」、それも「38%もの大幅値上げ」の案内だった。娘を保育園に預けている井筒家には寝耳に水の一大事である。こんな一家の死活にかかわる大問題を、一方的に「広報」でお知らせするだけでまかりとおるのか。いったい区議会は何をしているのか! と、憤りと疑念を覚えた井筒夫妻は、井奥雅樹だったら市議をやっているので、問題の所在と解決法を教えてくれるだろうと、問い合わせたのである。すると、井奥は、「議会の承認なくして保育料の38%値上げなどあり得ない」といって、それを阻止するための“手練手管”を詳しく教えてくれた。
 それに従って、まず井筒夫妻は、保育園の保護者会でこの問題を取り上げ、「反対ののろし」を上げた。ビラをつくって区民にまき、支持を訴えて社会問題化するいっぽうで、区議全員のリストを入手してアポイントをとって陳情を行った。ここで、区議もさまざまというか、多くが“役立たず”であることがわかった。共産党系と社民党系は前向きに対応してくれたが、所詮彼らは少数派でしかない。主流派の保守系を味方に引き入れることだ。自民党の重鎮で町会の束ね役でもある某区議が井筒を気に入ってくれ(おそらく元自衛隊レンジャーという“印籠〓が効いたのかもしれない)、町会の会場で説明会を開くなど全面的に協力。そのおかげもあって、議会で取り上げられることになった。だが、委員会と本会議を傍聴して驚かされた。議員は賢くて見識があるとばかり思っていたが、そんなのは一握りだった。忘れられないのは、某党のベテラン女性議員が家庭で子育てに専念しない女性がいるから保育料の値上げが必要になると、共働きの女性を非難する論陣を張ったのである。これには、陽子も高雄も、首都の区議会にもシーラカンスがいると、そのアナクロぶりにびっくり仰天させられた。結局、「保育料38%値上げ」は賛成多数で可決された。
 さらに“役立たず”の議員たちの年俸は約1040万円に加えて政務活動費と称して約180万円ももらっていると知って、井筒の憤りは高まるばかり。そんな体験が想起されて、「だったら俺の方がましだ」と内心で思って、「俺がやってもいい」と思わず口をついて出たのだった。
 井奥はこの井筒の発言を「脈あり」とみて、翌日、地元の兵庫へと戻った。しかし、井筒夫妻はその夜、二人だけでじっくりと話しあった。そこで妻の陽子からは、仕事をやめて三歳の娘を連れて加古川へ行くことなど到底できない、選挙の協力もできないし、する気もないと言われ、恋い焦がれて押しかけ亭主となった弱みもあり、断念することにした。
 いっぽうの井奥はそうとは知らず、選挙の投票日まであと半年ほどになり、準備も入れるとぎりぎりとなった2001年の12月、井筒高雄に電話を入れ、「年明けには加古川に来てほしいが、どうか」と正式に出馬を要請した。
 正式打診までに4か月ほどを要したのは、実は井奥には他にも候補の当てがあったのだが、結局調整がつかず、いわば“ドラフト外指名候補”の井筒に声をかけることになったのである。
 出馬を打診された井筒は、出てもいいと受け取られるような曖昧な返事をして電話を切ると、念のために妻に確認を求めたが、もとより陽子の決意は固かった。以前と変わらない“ゼロ回答”でまったく協力を得られないことから、井筒は最終的に断念の意思を固めた。
 しかし、そこが元自衛隊レンジャーらしいところだが、電話で断わればいいものを、「親しき仲だからこそ礼儀あり」との思いから「断わり」を直接伝えるために、加古川へ向かったのである。新しい年があけた1月13日のことだった。もし、合理的に割り切って電話で済ませていたら、その後の井筒高雄はなかったかもしれない。
 加古川では、井奥雅樹ともう一人、市議候補のはずが県議補選に通ってしまった井上英之が待ち受けていた。井筒と井上は初対面だったが、井奥に言わせると、二人は初対面ながら意気投合。井上も、結婚をめぐって親から「正業」につかないと認めないと言われ、しぶしぶ勤めたリフォーム会社の営業で苦労したりと境遇が似ており、車やバイク好きと趣味にも共通点があった。そんな他愛もない身辺話で、井筒の頑なな気分がほぐれてくるのをみてとった井奥の頭に、陽子の上司であるピースボートの“隊長”から投げられた、「高雄は水を売るので苦労しているようだ」がよぎった。井奥は頃合いを見計らうと、井筒に向かって決め台詞を投げつけた。
 「水を売るよりも世の中を変えないか」
 これは、アップルの創業者スティーブ・ジョブスがペプシのトップだったジョン・スカリーを同社社長に迎え入れようとして、「このまま一生砂糖水を売り続けたいのか、それとも私と一緒に世界を変えたいのか」と言って奏功したのをもじったものだった。
 これが“殺し文句”となって井筒高雄の胸にぐさりと刺さり、それに「保育料38%アップ」をめぐる新宿区議会での出来事の記憶が重なって、思わず叫んでいた。「よしわかった、やろう」。
 しかし、これで落着したわけではなかった。この先に、もうひとつハードルが――愛妻である井筒陽子という高い高いハードルが待ち受けていた。
(本文敬称略)
(つづく)







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