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評者◆早川タダノリ
『「日本スゴイ」のディストピア』(青弓社)を出版した
「日本スゴイ」のディストピア――戦時下自画自賛の系譜
早川タダノリ
No.3274 ・ 2016年10月15日




■「日本スゴイ」コンテンツは戦前よりも思想的に劣化 自民族の優秀性の称揚はますます恥ずべきものに――「日本スゴイ」コンテンツ称揚者における恣意性と思想的立場を批判することが必要

 イデオロギー偏向が顕著に見られるプロパガンダ資料をまとめた『「愛国」の技法』や『原発ユートピア日本』などの著者である早川タダノリ氏が、『「日本スゴイ」のディストピア』を上梓した。「日本主義」「よい日本人」「礼儀正しさ」「勤勉さ」「神がかり」をテーマに、一九二五年から四五年にかけて刊行された日本礼賛本をピックアップ。国民の身体、所作のすべては国家のものであると公的に示した『臣民の道』(文部省教学局編、一九四一年)や、乾布摩擦で裸になった女児に自分の体をこすらせる校長に感極まる草場弘著『皇民錬成の哲理』(第一出版協会、一九四〇年)など、無根拠さと気宇壮大さが相まって形成された「日本スゴイ」言説が大集合。抱腹&失笑しながらも、「神武天皇実在論」まで飛び出す昨今、デジャヴのような光景に空恐ろしさを覚える一冊だ。
 「最初の著書『神国日本のトンデモ決戦生活』(合同出版、二〇一〇年。現在はちくま文庫)を出した当時は第二次安倍内閣ができる前。そのときはまだ「昔は変だったよね」と距離をおいて戦前の戦意高揚プロパガンダを読むことができました。しかし、この五年間で、巻頭で紹介している「日の出」編集部編「世界に輝く日本の偉さはこゝだ」(「日の出」一九三三年十月号付録、新潮社)のような「日本スゴイ」イデオロギーが台頭してきた。この時代の位相を確かめたくて、戦前と今の「日本スゴイ」コンテンツが青ざめるほど同じであるという視点で読み直したのが本書です。つくづく人間は変わらないんだなと思います。実際、お国のために死ぬことがなぜ悪いのか分からないという人も出てきた。この価値観を持ってしまうと自分がゴミのように扱われても平気になるということに気が付いてほしいですね」
 そしてそれらはただ似ているばかりではない。戦前よりも「劣化」しているというのだ。
 「戦前は、例えば京都学派のロジック、即ち日本を「特殊性」として措定して、その特殊性の内側に世界に通用する「普遍性」があるという思考があった。これは西洋に対するコンプレックスでもありますが、一応そういう理屈を立てていた。しかし現在は「特殊性」も「普遍性」も全く関係ない。日本はスゴイから、世界に通用する。それだけです。世界のほかの人々が共感しうるような普遍的な価値があるのだという理屈すらない。つまり、思想的には明らかに劣化している。それゆえに自民族の優秀性の称揚は、ますます恥ずかしいものになっていると思います」
 いわゆる日本礼賛に対して、かつては「作られた伝統」という観点からの切り返しが可能だった。しかしいまはもうその手は通じない。それほど事態は厄介だ。
 「例えばホブズボームの「創造された伝統」だと指摘されても、もはや「日本スゴイ」イデオロギーは歯牙にもかけなくなっている。例えば二〇一六年五月の「新しい歴史教科書をつくる会」の機関紙に『初詣の社会史』(平山昇、東京大学出版会)の書評が載りました。初詣は鉄道会社の営業競争で発生した近代以降の「伝統」なのだということを摘出している本なのですが、この書評では、歴史は新しくても、そこに日本人の心がこもっているのだと捉えなければならないというのです。捏造として話題になった「江戸しぐさ」と同じで、「日本人の誇り」を取り戻すためなら、歴史的事実なんかどうでもよくなっているのです」
 では、どうすればよいのか?
 「彼らが称揚する「日本スゴイ」コンテンツは、実は自分の好きなものをチョイスしているだけです。この語り手の恣意性と思想的立場を批判することが必要です。この方法は、実は戸坂潤が『日本イデオロギー論』でやったことです。当時の唯物論研究会の戸坂は、「わびさび」などを持ち上げる日本主義に方法的基準はなく、脈絡なく好きなものを引っこ抜いているだけだと批判しました。本書でも紹介している『「日本の美」総合プロジェクト懇談会』座長を務める俳優の津川雅彦が、「日本の美」を世界に提示するものとして「天孫降臨」のアニメ化を提案していますが、ではなぜ「天孫降臨」なのかと問われてもろくに説明できない。単に自分が好きなものを引っ張ってきているだけだからです」
 笑ってばかりもいられない最大の理由は、「日本スゴイ」イデオロギーの発生装置が教育現場だからである。
 「小学校では二〇一八年度から、中学校では一九年度から、道徳の教科化が始まります。これに関しては各種の愛国ビジネスが一斉に食い込んでいます。ひどいものです。その意味では日本会議は本当に氷山の一角で、水面下で進行する保守系市民運動の広がりによって、学校の現場が変わってくるでしょう。かなりやばいです」
 そう警鐘を鳴らす早川氏は編集者という仕事をこなしながら、自身の執筆活動を行っている。「会社から帰宅後、八時から一二時くらいまで寝て、そこから朝の七時くらいまでに読んだり、書いたりして、そしてまた出勤するという毎日」。次回作を尋ねると、「『素手でトイレ掃除運動』をテーマにする予定です」とのこと。思わずぷっと吹き出してしまいそうなテーマだが、吹き出しても非国民呼ばわりされることのない社会が存続することを祈るばかりである。







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