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評者◆多田欣也氏
『二十世紀酒場(二) 東京・さまよいはしご酒』(旅と思索社)を出版した
二十世紀酒場(二)――東京・さまよいはしご酒
多田欣也
No.3273 ・ 2016年10月08日




■東京の大衆酒場の魅力を手描きで綴る呑兵衛による二〇年間さすらいの記録――閉店している店も記載し、東京の移り変わりに対する郷愁も漂う一冊

 ガーデンデザイナーの多田欣也氏が、旅と思索社から『二十世紀酒場(二)――東京・さまよいはしご酒』を上梓した。古き良き昭和の面影が残る大衆酒場をさすらった二〇年間の記録。手描きイラストと文字で、味わい深い東京の酒場八〇店舗の魅力を紹介する一冊だ。
 「誰かに会うたびに、「俺こういうのを描いてんだけど」と、雑誌みたいに綴じて小さなコピーを見せびらかしていた。「欲しい人は俺に千円くれるか、千円おごってくれるか?」ってね。みんな本にしたらと言うんだけど口ばかりで。ようやく旅と思索社の廣岡(一昭)さんが本気になってくれたんだ」
 しかし実際、書籍化となると、「ドキッとした」と目を丸くする。「そもそも店舗のデータは古いし、何年何月に行ったかも書いていない。酔っ払いの記録だから、取材し直さないといけないのかなと思ったら、そんなことはなかった。廣岡さんは、ガイドブックにするつもりはなくて、俺の描いている絵自体が面白いと言ってくれていた。それならやろうと思った」。ガイドブックではないから、既に閉店が分かっている店も載っている。本書には、そんな東京の移り変わりに対する郷愁も漂う。
 一店舗の紹介スペースはほぼハガキ大。そこには店に対する愛情がぎっしり詰まっている。「瓶ビールの値段、一番安い冷や奴、トマトの値段は基準になるものとして必ずチェック。高いものは頼まないからね。一軒目、二軒目はいいんだけど、三軒目になるともう何を描いていたのか分からない」と苦笑い。「品書きがない店は、実際頼んでみないと値段が分からない。例えば新小岩のもつ重(四六頁)は立ち飲みで安いけど価格表はない。今日飲んだのが定価だったのかも分からない。総額しか分からない。いくらか聞くわけでもないしね」。そういう体験の積み重ねから生まれてくるイラストには、写真には決して映らない、匂いやざわめきまでもが感じ取れる。「元祖酎ハイは下町の宝です」から「コの字カウンターに落ち着いて」の全十一章。各章の合間には、オヤジの聖地にまつわる不文律などを綴った、人情と蘊蓄に溢れたエッセイが挟まり、まるで氏の話に耳を傾けながら、共に酒を酌み交わしているような気分になってくる。
 知る人ぞ知る名店とはいえ、だからこそ入りづらい店はある。百戦錬磨の達人に、入店のコツを聞くと、「のれんをくぐって、チラ見されたり、雰囲気違ったなと思ったりしたら、「あれ、まだ来てねぇのか?」なんて言って、出ていけばいい。それでもここは一度行ってみなくてはという店は、ビール一本飲んで帰る。これは一人飲みだからできる技だね」。また「カクウチ(立ち飲みできる酒店)」については、「本当に飲ませてくれるのか分からない。時間が早かったりするとね。誰かが飲んでいれば分かるけど、先客がいないと分からない。しかも酒屋のおやじは小うるさく、時間前は飲ませてくれない。そういうときは店の前を行ったり来たり、時間つぶしも大変でさ」とのこと。
 思い出深い店を尋ねると、「兄貴と行った御徒町の店(三四頁)。兄貴がいつも気になっていた店だった。もつ焼きの店みたいだけど一人では入れないということで、一緒に行ってあげた。とてもいい店だったけど、結局店名が分からずじまい。兄貴と一緒に飲んだ思い出は少なく、その後病気で亡くなり、この店もつぶれてしまった。残念だね。一番の名店と思うのは田端の神谷酒場【(一)の一三九頁】。ここもつぶれちゃった。本には、「もうこんな良い店が新しく生まれることはない」と書いた。飲んだ数をチョークでカウンターに印を付け、自分のところで炭酸水も作る。ここを見つけたときには、涙が出るほど感激した。いまでも営業していて是非推薦したいのは、日本堤の大林【同一三八頁】と東十条の斉藤酒場【同一四一頁】。この三軒は世界遺産に認定したい」
 前作『二十世紀酒場(一)――東京・さすらい一人酒』と本作で「東京編」が完結。実はまだまだネタはある。「俺は千葉住まいだから、船橋、市川周辺も結構行っている。その作品もたくさんある。ガーデニングの仕事で全国を歩いていたから、地方の作品もある。それをどうしようかと」とニコリ。いまは店に行っても、描いていない。だから気楽に飲めるようになった。「取材と称して飲みに行くけど、やっぱり疲れる。何のために飲んでいるのか分からなくなるときがある。それで、もう描かないつもりでいると、描かざるを得なくなるようないい店と出合っちゃう。ああ、やっぱり俺才能あるなあと思うよ。そして、また描き始める。そして疲れるの繰り返し」。そう話す表情は至って明るい。
 いい店には共通点があるそうだ。「管理がしっかりしている。酔っ払いは入れないし、いま店にいるお客さんを守ってくれる。そういう店は続いている。立ち飲みや大衆酒場が好きなのは、お客さんのことを考えて、いかに安く酒を出し、安くておいしいものを早く出すかに重点をおいて始めている商売だからだよ。そしてね、やっぱりいい店はいい顔してるし、客もいいんだ」。きっと、またそのうち多田氏の呑兵衛魂に火を付けてしまうような店が現れるのだろう。その日は、そう遠くない気がする。







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