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評者◆内堀弘
猟書の人――買い続け、読み続けた、ひたすらな日々
No.3269 ・ 2016年09月03日




■某月某日。神田小川町の東京古書会館では毎週金曜土曜に古書即売会が開かれる。開場は午前十時。以前は初日(金曜)にたくさんのお客さんが並んだものだった。平日の朝からこうしていられる人には、一種独特の雰囲気があって、背広姿の人はまずいない。わりとラフな服装で、かといって定年という歳でもない。特に先頭あたりの常連さんたちには凄みもあって、折りたたみ椅子を持参し七時ぐらいからワンカップをやりながら待っていると噂された。その常連の一人が大屋幸世さんだった。
 大屋さんはそう見えて(失礼)森鴎外を研究する大学教授だった。だが、この人の買い方は蒐書というより猟書というべきもので、その尋常ならざる情熱は全四冊の『蒐書日誌』(皓星社・2001~)に記録されている。とにかく買わずにはおれない。三百円で得た雑誌の目次に興奮し、明治文学の『新作十二番』(明治23・全揃袋付)をたまらず二十五万で買ってしまう。
 いつだったか、大屋さんから「松崎天民をほぼ蒐めたけど、いるかい」と声をかけていただいた。明治大正に活躍した新聞記者だ。「喜んで」と出かけると「だいたい読んだからもういいんだ。任せるよ」と、それは淡々としたものだった。そういう話は他でも耳にした。どの図書館にも完揃のない戦前の文芸雑誌を長い時間をかけてコンプリートしたが、読んでしまえば淡々と手放したという。それを「成果」として残すことに興味を持たない。古本渡世の凄みに見えた。
 大屋さんが大学を退官すると古書即売会への足も遠のいた。ところが、散歩がてらに寄った自宅近所のリサイクル系古本屋で、百円均一本の爆買いがはじまる。その祝祭的な日々を『百円均一本蒐集日誌』(2014年・日本古書通信社)にまとめた。大袈裟でなく息をのんだ。午前中、持ちきれぬほどの本を買い、それをひたすら読む。ホイチョイプロの『気まぐれコンセプト』に出会い、雑誌『映画芸術』を一度に六十冊買って帰る(とても重い!)。どこに行こうとしているのかわからないが、とにかくひたすらな日々が続く。
 八月、大家さんの訃報が報された。享年七十二歳。何年もお会いすることはなかったが、会えばまた私など相変わらず駆け出しの古本屋だと気づかされただろう。そんなお客さんがまた一人いなくなった。







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