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評者◆第23回 岩手県立図書館・菊池敏雄総括責任者
岩手が進む第三の道、県という広域自治体の図書館であり、県の試験研究センターのようなもの――指定管理者とは、「置かれた場所で咲くもの」
No.3269 ・ 2016年09月03日




■岩手県立図書館は、2006年の新設移転開館を機に、指定管理者制度を導入し、10年が経過した。都道府県立図書館が同制度を導入するのは全国でも唯一のケースとして注目されている。新館オープン後は年間50万人以上、15年度も50万人弱が来館し、全国でベスト10前後の入館者数を今も維持している。市町村立図書館以上の専門性が要求される「レファレンス」の件数については4000件(06年度)から2万3000件(15年度)と5倍以上に伸長させ、県立図書館としての役割を果たしてきた。これまでの県立図書館の運営などについて、同館指定管理者の総括責任者である図書館流通センター(TRC)の菊池敏雄氏に話してもらった。

■指定管理10年継続 他館の適用も可能
 ――総括責任者を務める菊池さんの経歴は。
 「岩手県立図書館に来たのは6年前の2010年4月で、ここに来るきっかけは、同館の前総括責任者の小林是綱さんからの一本の電話だった。小林さんは山梨県立図書館の司書をされ、その後に石和町立図書館の館長となり、同館を貸出数で日本一に導いた人。09年7月頃に、その図書館界の大物から直接、副総括責任者の欠員が出るので、来ないかと誘いを受けた。それまでは、私は新潟県立図書館で司書の専門職員(公務員)として、30年以上勤務していた。そこでは、館長は行政職で、司書は専門職。武士階級で言う、上士と下士のようなイメージを感じていた。岩手県立図書館のように指定管理であれば、上士として自由に図書館サービスが展開できるのではないかと思い、家族にも相談せずに、翌日には『来年度からならば』と返事をしていた」
 ――直営から民間の指定管理業者に移籍してどう変わったか。
 「事務所には、TRCスタッフ約50人と岩手県の職員9人が一緒にいる。館長は岩手県職員が務めており、館長を含む9人の県職員が図書の選定や市町村指導、教育委員会との連絡調整などを行い、カウンター業務の一切や来館者へのサービス業務を我々が担うという役割分担が決まっていた。完全な指定管理とは少し異なる体制だった。一言で指定管理といっても、自治体の考え方次第で仕様書は様々である。いま、同館に来て7年目に入るが、指定管理者とは『置かれた場所で咲くもの』だと考えるようになった。現状の環境できれいに咲くためにはどうすべきか、その場所を少しでもよくするためにはどうすべきか――。岩手で10年花を咲かせ続けたという事実は重要なことだと考える。岩手県立図書館で10年、指定管理者として続けてこられたことで、他の都道府県立図書館でも指定管理者制度を適用できることが、裏付けられたのではないか」

■県立図書館の役割 直接サービスと市町村への支援
 ――県立図書館の指定管理者は岩手県が全国で唯一だが、市町村立図書館には同制度を導入する自治体が増えている。県立図書館と市町村立図書館との違いは。
 「県立図書館の重要な役割として、『直接サービス』と『市町村立図書館の支援』の2つがよく言われる。前者は地域住民への直接サービスの充実であり、後者は協力貸出・協力レファレンスと呼ばれる市町村立図書館への支援のことを言う。一時期、第二線図書館といって、高度専門的な図書館を指向するケースもみられたが、あまりうまくいかなかったように思う。私は11年度から総括責任者となり、『一人でも多くの県民に利用され、親しまれる図書館を目指そう』とスタッフに目標を示した。新潟で実践してきたことの延長だ。県立図書館はもっと敷居を低くすべきだと考えている。山の裾野を広げることで、山自体の標高を高くすることができる。多世代の人に来てもらうことは、決して山を高くすることを阻害するものではない」

■少ない図書予算 10年以内4割弱
 ――より多くの人に来館してもらうために、直接サービスを充実させるということか。
 「そこに応えるのが図書などの資料なのだが、残念なことに、ここ数年間の図書費は2000万円前後で、県立図書館としてはかなり少ない。実はこの図書費の問題は深刻な影響をもたらしている。最近、開架図書のうち、10年以内に購入した資料を調べたら、4割を下回り、逆に、同館の開館に向けて01~05年に購入した資料が4割にも上っていた。一方で、来館者数と貸出冊数は08年度をピークに減少傾向にあり、市町村立図書館等への相互貸出も3000冊前後と、この規模の図書館にしては少ない。それは、所有する資料の多くが古いという点に原因があると考えている。いまの契約仕様では、指定管理者が図書費に関与できる余地はない。できるのは、現有資産を有効活用することだ。そこで、14万冊の開架スペースに、閉架書庫にある希少本などを投入して、ミニ展示などを積極的に展開するようになった」
 ――そのほかに、どのようなイベントや展示を展開したか。
 「副総括就任の年に、4階にビジネス支援コーナーを設置した。地域の課題解決のために、当初はキャリアカウンセラーを配置していた。『くらしコーナー』も設置し、『一冊の本から』と称する暮らしに密着したイベントも展開した。さらに、宮沢賢治や石川啄木の一年おきの定番展示など年数回の大規模な企画展、スタッフが勧める本の展示、子ども向けの郷土資料の作成など多岐にわたっている」

■県庁の図書館 読書の研究・普及 第三の道を模索
 ――先日開催された「都道府県立図書館サミット2016」でアカデミック・リソース・ガイド代表の岡本真氏が直接サービス、市町村立図書館支援に続く「第三の道」を模索しようと訴えたと聞いた。
 「私が考える第三の道、第三の役割は、県という広域自治体の図書館であり、県の試験研究センターであること。前者は、今はできていないが、鳥取県のような県庁の図書館的なあり方も一つのモデルだ。今は館内各所で県の行政課題である震災復興や人口減少、国体、世界遺産などの展示を展開しているが、もっと多くの行政テーマに積極的に取り組みたい。後者については、図書館や読書についての試験研究センター、普及センターでありたいと考える。さらに、県立図書館としてのレベルは大学生がレポートを書けるくらいの専門性は望みたい」
 ――菊池さんが赴任されて、1年が過ぎようとしたときに東日本大震災が起こった。
 「図書館が入居する複合施設『アイーナ』には被害はほとんどなく、臨時の避難所となっていた。約1週間、最大で1000人を収容し、食べ物の支給、毛布の配布などの支援を行っていた。そのとき複数のスタッフから『避難所にいる子どもに読み聞かせのサービスをしたい』と訴えられ、県職員に相談して、サービスを始めた。震災翌日には、県下の図書館の被害状況のホームページでの公開や震災資料収集など、県立図書館としてやるべき項目を洗い出し、県側に提案、実行に移した。その年の10月21日には、『震災関連資料コーナー』を全国に先駆けて展開した。主に、震災から3カ月の間、収集した雑誌と、市町村が避難所や追悼イベントなどで配布したチラシやポスターを収集・展示した」

震災資料を展示 “思わぬ出会いも”
 ――当時の震災コーナーの反響は。
 「父母を津波で亡くしたという、私の故郷の村の女の子が私を訪ねてくれたことがあった。その子は、ある女性週刊誌の記事が見たいと、ここに来たようだ。目的の記事をみた後、女の子の表情はとても穏やかに、安らかになった。コーナーをつくって本当によかったと思えた瞬間だった。また、震災では友人など多くの別れもあったが、思わぬ出会いもあった。東京の大学で同じクラスだった川向修一さんだ。彼は復興釜石新聞の編集長となり、インタビューを受けていたのを偶然テレビで見た。連絡をとり、同コーナーの一周年記念の講演をお願いした。震災がなければ三十数年ぶりの再会はなかった」
 ――菊池さんは新潟出身ではなく、岩手・釜石市橋野で生まれ、高校生までを岩手で過ごした。
 「不遜な言い方かもしれないが、『震災に呼ばれた』ような思いを感じることがある。実は、小林是綱さんの誘いを受ける直前に、たまたま同館が入るビル・アイーナで達増拓也・岩手県知事と東京大学社会学研究所の玄田有史教授の対談を聞いていた。そのとき、希望郷・岩手という言葉に感銘を受け、機会があれば、岩手に戻ろうと思っていたのだ。岩手に戻り、図書館で働くことを決めたときに、私が自分に課したのが、出身地である山奥の橋野地区の人たちにとって意味のある図書館をつくることだった。橋野鉱山が世界遺産に登録される前後に、図書館で様々な展示を開催したことで、橋野に多少のお手伝いができたのはうれしかった。村の人が展示を見にきてくれたかどうかは分からないが……。これまで岩手のために精一杯やってきたが、成すべきことはあまりにも多く、今はまだ道半ばだと感じている」
(了)







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