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評者◆秋竜山
音は漫画の命、の巻
No.3266 ・ 2016年08月06日




■戦後の昭和二十年代の前半は絵物語の時代だった。絵があって文字がある、のか文字があって絵があるのか。絵と文字と別々についていて一つの場面をつくった。そういう形の連続によって物語ができていた。漫画のコマ割りした形はその後からであった。漫画の絵が喋りはじめたのである。それは戦前にもあったが、戦後になっての漫画の出現は、まさに漫画の新形式であった。まるで、映画を紙の上で見ているようであった。そんな漫画を、さらに進化させたのが、擬音語とか擬態語とか、つまり言葉ではなく音の世界であった。植竹伸太郎『凡文を名文に変える技術』(文春新書、本体七八〇円)では、〈擬音語は片仮名、擬態語は平仮名〉というコーナーで詳しく論じられている。本書は漫画ではなく文章における音の表現のしかたである。私は漫画家であるから、どうしても漫画ということになってしまう。漫画には、それらの音があって完成された漫画ということになるのである。言葉のセリフ(ふき出し)がなく、音だけでも漫画は成立するというくらいに音は漫画の命といっていいだろう。
 〈考えてみれば、擬音語がやたらに登場するようになったのは、六〇年代、七〇年代に始まった劇画の影響ではないかと思う。ところが「しーん」や「すーっ」という擬態語は古典落語にも登場する。英語などに比べて語彙が少ないと言われる日本語に豊かな表現力を与える重要な要素であり、音のない世界を言葉で表す日本人のこの感性は、やはり平仮名が似合う。〉(本書より)
 劇画などでみると、音に関しては片仮名が多いように思える。
 〈「かしゃ」は擬音語(レコードの割れた音)。「スーッと一つの光が躍った」。この「スーッ」は擬態語という。似ているが、よく考えると違う。前者はレコードが割れて実際に発生した音を言葉で書き表したのだが、後者はべつに「スーッ」いう音がしたわけではなく、ホタルの動きをそれらしく音声で表現したものである。〉(本書より)
 たしかに、「かしゃ」は耳できこえるが、「スーッ」は耳できくことができない。「スーッ」と、あらわれたり消えたりするわけだ。もし、実際に「スーッ」という音を耳で聞くことができたら、どのような感じがするだろうか。「スーッ」と消える時、そのように音がしたら、どうだろうか。芝居などで舞台で、「ドロドロ、ドローン」と忍術使いや、ガマがえるが出る時、煙といっしょにそんな音をさせる。「ドロドロ、ドローン」とは、どういう意味でどこからもってきた音なのか。まったく意味のないところからうまれた音とは思えない。消える時も、まるで合図のように「ドロドロ、ドローン」と煙だけを残して消え去ってしまう。音もなく「スーッ」とあらわれて、「スーッ」と消えてしまう。気がつかなければ、いつあらわれて消えてしまったのか、まったくわからないだろう。ユーレイなども同じだ。物かなしいようなヒューッという音でユーレイの存在をあきらかにさせるのか。怖い音とか、たのしい音とか、ズッコケた音とかがある。紙の上での音も、まるで聞こえてくるような音の表現である。面白いことを考えだすものだ。







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