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評者◆殿島三紀
厳粛なロードムービー チャン・ヤン監督『ラサへの歩き方 祈りの2400km』
No.3265 ・ 2016年07月30日




■『シリア・モナムール』『シング・ストリート~未来へのうた~』『ラスト・タンゴ』『太陽の蓋』などを観た。
 『シリア・モナムール』。本作を構成するのはYouTubeと手持ちカメラの映像。監督、脚本はオサーマ・モハンメド、ウィアーム・シマヴ・べデルカーン。撮影はこの2人の他、名もない1001人のシリアの人々。アラビア語の1000と1という数字は「無数」を意味する。現在は生きているのか死んでしまったのか、YouTubeに画像を投稿した無数のシリア人による撮影なのだ。映画はシリア革命の引き金にもなったYouTubeの映像、シリア政府軍に捕えられ拷問を受ける少年の映像から始まる。つらい映画だ。だが、正視しなくてはならない現実。
 『シング・ストリート』。ジョン・カーニー監督作品。ダブリンが舞台だ。80年代、大不況に突入したアイルランド。父親が失業し、一流私立学校から地元の荒れた公立校に転校させられた14歳の少年。彼がそこで出会った仲間とバンドを組み、ミュージックビデオも自作し、デビューを企てるが……。監督の少年時代の体験。恋あり音楽あり。80年代のヒット曲も満載。ほろ苦さの中に希望が見える映画だ。
 『ラスト・タンゴ』。アルゼンチンで語り継がれる伝説のタンゴ・ダンサー、マリア・ニエベスとフアン・カルロス・コペスの半生を本人たちへのインタビューと彼らの青年時代、壮年時代を演じるダンサーたちの踊りによって描くドラマティック・ドキュメンタリー。ヘルマン・クラル監督作品。製作総指揮はヴィム・ヴェンダース。
 『太陽の蓋』。東日本大震災が発生し、福島第一原発事故に至る3月11日からの5日間。原発事故の真相を追う新聞記者をキーパーソンとし、首相官邸内、東京や福島で暮らす人々の姿なども多角的に捉えたオムニバス構成の劇映画。過去という倉庫に納めてはいけない事実をいま曝け出す。橘民義製作、佐藤太監督作品。
 今回紹介するのは『ラサへの歩き方 祈りの2400km』。本作は、中国四川省国境に近いチベットの小さな村から聖地ラサを経てカイラス山に至る2400kmの道のりを巡礼する村人たちを描いたロードムービーである。カイラス山は標高6656mの未踏峰。主峰が本尊、周囲の山々は本尊を取り囲む尊格と見立てられ、この地の巡礼は曼荼羅図をイメージして行なわれるのだという。
 監督はチャン・ヤン。北京の胡同を舞台にした『こころの湯』(99)、『胡同のひまわり』(05)などの人情味溢れる作品を送りだしてきた監督だ。正直、彼が本作の監督と知って二の足を踏んだ。私ごとではあるが9年前チベットを訪れ、偶然、五体投地で進む巡礼者たちを見て息を呑んだことがある。チャン・ヤン監督がこの厳しい祈りの姿をどう描くのか疑問だったのだ。だが、やはり五体投地に惹かれて観てしまった。
 一見、ドキュメンタリーと思わせながら、実はフィクションである本作。もしかしたら監督の転機となるかもしれない作品だ。チベット自治区マルカム県プラ村に暮らす農民11人が実際にカイラス山までの2400kmを巡礼する様子を撮影した本作は、ドキュメンタリー作品に見えなくはない。だが、彼らは巡礼者になりきって、自分自身と重なる役柄を演じているのだ。五体投地を最高の光の中で撮影するため、前へ進み、後へ戻り、を何度も繰り返すという演出を施してもある。脚本はないが、生と死の対比というプロットの根幹はしっかり存在していた。新しい命が生まれ、老人が亡くなるというプロットと人物設定について、監督は長い時間をかけてプランを練ったという。
 合掌し、両掌・両膝・額の五体を地面にこすりつけ、立ち上がり、同じ動作を繰り返す。テント、食料品等をトラクターに載せ、ただ巡礼を続ける。厳粛なロードムービーだ。
(フリーライター)







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