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評者◆踊る猫
社会に対して失望してしまう前に……
ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート
ブレイディみかこ
No.3265 ・ 2016年07月30日




■現在Yahoo!ニュースで活躍し続ける在英二十年のライターである、ブレイディみかこ氏の新刊がようやく出版された。掲載されている文章の多くはYahoo!ニュースでそのまま読めるらしいのだが、このようにして紙媒体で纏めて読めるということは慶賀すべきことだろう。読みながらイギリスや欧州諸国の事情について勉強させて貰ったし、氏のあくまで「地べた」から発される平たい言葉はこちらの心を打つものでもあった。その意味では実にブリリアントな書物であると言えるだろう。これからのイギリスや欧州諸国のみならず、後に理由を述べるが日本の政治について考えるためにも本書が「必読」であることは強調しておきたい。だが同時に、私はこの本が厄介な問題とぶつかっているようにも思えたのだった。
 2014年から2016年に掛けて連載された記事を収めたこの書物を読んでいると、イギリス(いやUKと呼ぶべきか)は激動の最中にあったのだなという当たり前といえば当たり前の感想が浮かんで来る。中でも取り分け印象深いのはスコットランド独立をめぐる一連の動きだろう。私自身全然そのあたりのことは分かっていなかったので当時ブレイディみかこ氏の記事を頼りに色々学んだのだったが、今回読み返してみてもそんな無知な読者にも分かりやすいように事柄がスマートに整理されている。これだけのクオリティの記事を定期的に掲載し続けることがどれほど困難なことなのかは想像に難くない。氏のヴェテランとしての力量を見せつけられるような、そんな気がした。
 果たして書かれているのは、そのスコットランド独立だけではない。もちろんスコットランド独立だけでも一冊の本が書けるほどに問題は根深くまた興味深い動きを示してはいる。ニコラ・スタージョン率いるSNPの躍進とスコットランドの内側から吹き上がるナショナリズムの嵐。しかしそれは日本における右翼的なものではなく、労働党よりもよほどSNPは「レフト」なものだとブレイディみかこ氏は書く。「レフト」、つまり「左翼」が復権しつつあるということ……それはジェレミー・コービン率いる労働党の勢力の拡大といった現象とも共通するものがある。言わば社会の「左傾化」とでも呼ぶべき現象が起こっているのだ。もちろんUKにはUKIPのような極右勢力も居るわけだが。
 何故「レフト」が、あるいはその反動としての「極右」が台頭して来るのか。それはアメリカのトランプとサンダースの台頭とも無関係ではあり得ないだろう。ブレイディみかこ氏はアメリカの政治には触れていないが、ムーヴメントとしては「右対左」の時代から「下対上」の時代に移りつつあるのだということが明らかにされる。つまり資本主義/新自由主義が行き過ぎて一部の富民と大多数の貧民の間のギャップが広がり過ぎてしまっている現状を変えたいという思いが、例えばUKではコービン率いる労働党支持の流れやスコットランド独立の流れに至っているのだ、というのが整理となる。このあたりいつもながらシャープだ。
 話題はブレイディみかこ氏の住む労働者階級の「地べた」から語られるが、以前に紹介した『アナキズム・イン・ザ・UK』ほど良かれ悪しかれ身辺雑記的な雑多なところがなくて、硬派なニュースが揃っておりこちらの襟を正させられる一冊となっている。そこから慎重に、扇情的になることなくUKとEUの関係及びスペインやギリシャで起こっているムーヴメント(これにも「レフト」な勢力が絡んで来る)が整理される。混沌とした欧州諸国事情をここまで分かりやすく平たく記したのは氏の功績と言っても良いだろう。何故ムスリムが起こしたテロに関して慎重論が有効なのかについても、理想主義的になり過ぎることなくリアルに語ってみせる。このような論者の存在はなかなか貴重だ。
 だがしかし、とも思うのである。本書の末尾近くでSEALDsとの動きを絡めて欧州諸国あるいはUKの「民主主義」を日本のそれと対比させる考察が為される。読み応えはあるのだけれど、ここでブレイディみかこ氏は言い淀んでいる印象を受けることも確かである。「民主主義」の限界を何処まで定めて良いものか迷っている節が伺えるのだ。万人を説得出来る意見など存在しないが、多数派の論理に従って動くのが民主主義である。だが、そうした悪しき意味でのポピュリズムに堕しないためにもリーダーが時に強権的に動かなければならない場面も登場する。これは言い方を変えれば独裁だ。独裁にもポピュリズムにも堕さない第三の道は一体何処にあるのか……そのあたりの考察までブレイディみかこ氏に求めるのは酷だろうか。これ以上のことは八月に刊行されるという氏の新しい著書を読んでから語ることにしたい。
 「下」からの吹き上がり。つまりこれまで散々福祉面や社会保障面で冷遇されて来た人びとが遂に立ち上がって反グローバリズム/反新自由主義を貫くというのが欧州でのトレンドらしい。日本においてSEALDsや野党がそれを出来るかどうか? それはなかなか難しい問題だ。だが、避けては通れないこの問いにどう自分なりに答えを出すのか。それを考える上でも本書には貴重なヒントが詰まっているように思う。先述した問題点はあるにせよ、私はこの本を推したい。社会に対して失望してしまう前に、世界の動向に取り残される前に、せめて本書を読んで悪足掻きしてみようではないか。なかなか悪くないアイディアだと思うのだが。

選評:「複雑怪奇」なる昨今の欧州情勢。だが、そんな単純な言葉では片付けられないほど、事態は混迷を極めている。現場のリアルな「地べた」の声をうまく聞き分けて、改めて世界の動向に立ち向かわなければならないだろう。……その声は遠く離れた日本の「地べた」にどう響くのか。
次選レビュアー:allblue300〈『エンゲルス:マルクスに将軍と呼ばれた男』(筑摩書房)〉、rosetta〈『ここが私の東京』(扶桑社)〉







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