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評者◆高坂浩一(堀江良文堂書店松戸店)
常に常識を疑う
一投に賭ける──溝口和洋、最後の無頼派アスリート
上原善広
No.3265 ・ 2016年07月30日




■「タバコは健康に悪いという人がいるが、どう考えてもやり投げのほうが体に悪い。一生健康でいたいのなら、やり投げをやめたほうがよほど健康的だ」。これは、やり投げで今なお破られていない87m60の日本記録を出した溝口和洋が喫煙を非難された時の言葉である。
 中学三年のとき、ぼんやり見ていたNHKの「やり投げ教室」を見て自分もできると始め、高校のインターハイにはアフロパーマで出場、大学ではトレーニングが終わると後輩たちと呑み歩き、タバコは1日2箱吸い、日本選手権の前夜に水商売の女性をナンパして朝まで過ごし二日酔いで優勝などなど、昭和を感じさせるとんでもないエピソードが満載のアスリートながら、裏では常識と言われているトレーニング方法や、やり投げのフォーム、ステップなどを疑い、自身で全て検証しながら独自の理論で技術を探究し構築していくストイックさ、特に当時は「身体が硬くなる」や「重くなる」といわれていたウェイトを中心としたトレーニングで欧米人に負けない筋力量を作るために、100%以上の限界を目指し一二時間ぶっとおしでトレーニングをした後、二、三時間休んで、さらに一二時間練習することもあったと記されている。そのトレーニングでは常にやり投げをイメージし、筋肉を動かしている神経回路の開発も考えているというのだから驚きである。
 メダル候補と言われながら予選敗退という挫折を味わったソウル五輪でも、バッシングした記者への怨念もさることながら、それ以上に世界トップとの違いを冷静に分析し、自身の技術に改良の余地があるとして復帰する執念に凄味を感じる。
 その努力は、ソウル五輪の翌年に日本人として初参加したワールド・グランプリ・シリーズで開花する。初戦のアメリカのサンノゼで開催されたブルース・ジェンナー・クラシックでの優勝(幻の世界新記録は惜しまれる)を皮切りに、エジンバラで2位、ロンドンで優勝、最終戦のモナコで2位となり、総合2位の快挙を成し遂げ、世界でも名前が知れ渡るようになる。
 しかし、その後は故障が続き、ひっそりと引退して、パチスロで生計を立てながら無償で中京大学のコーチをする。当時のスロットの溝口流攻略方も載っているので、本当にパチプロをしていたんだと呆れ……いや感心させられる。ちなみに、この時指導したのがハンマー投げの室伏広治で、ウェイトを中心としたトレーニングで頭角を現し始める。
 そして、現在は陸上界から距離を置き、故郷で家業の農家を継ぎトルコキキョウの栽培などしている。ここでも常識を疑い、自分で確かめながら栽培をしている姿はやり投げの時と同じである。
 そんな溝口は、過去の賞状やトロフィーなど全て捨ててしまっている。ドーピングが蔓延する中で一切手を出さず、極限まで身体を鍛えぬいたと堂々と誇れる練習過程や出場した大会の記録は全て自分自身に刻まれているから十分だというのだ。何ともカッコイイではないか!! そうそう、最後に溝口の奥様もなかなかの無頼派なので、是非本書でチェックしていただきたい!!







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