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評者◆大塚真祐子(三省堂書店神保町本店)
「女性の生きづらさ」の集大成の物語
まっぷたつの先生
木村紅美
No.3264 ・ 2016年07月23日




■いくら検索してもまとまった情報に行きあたらず、よっぽど採算がとれなくて出版の過去を消したいのだろうかと思わず穿った考えが頭をよぎったが、2007年から2009年ごろに文藝春秋が刊行していた「来るべき作家たち」シリーズは、いわゆる純文学ジャンルにおける新人作家を売り出す媒体として非常に優れたラインアップだった。ここに収録されのちに芥川賞を受賞した作家も多く、まだ評価の定まらない作家たちの作品をまとめて読むことができたので重宝していたが、いつのまにか刊行が途絶えた。
 木村紅美はこのシリーズの第一弾『風化する女』で文學界新人賞をとりデビューした。孤独死した〝れい子さん〟と同じ会社に勤める主人公が、彼女のもう一つの顔を知る短い旅に出る物語で、人一人の死の儚さと〝れい子さん〟の意外すぎる別の顔との対比が鮮やかな秀作だった。今作を読みながらこのデビュー作を何度か思いおこした。
 『まっぷたつの先生』は二十年前に教職を退いた中村沙世と、かつて沙世の同僚でいまも教鞭をとる堀部弓子、沙世の教え子だった吉井律子と猪股志保美の四人の女性が交差する物語だ。律子と志保美は同じハウスメーカーの正社員と派遣社員という立場で出会うが、互いの過去に中村沙世という共通人物がいることには気づいていない。そして二人の沙世に対する印象は真逆と言っていいほど異なる。律子にとっては自由研究をほめてくれた魅力的な先生、志保美にとってはいじめを見て見ぬふりをした最低な教師。
 そもそも教師という職業は公明正大であることを前提とされ、人格や周囲からの評価が「まっぷたつ」であることは許されない。
 木村作品には働く女性が多く登場するが、どの人物も社会から求められる「女性」としての自分と、「女性」としての自身の内面にどこかずれを感じながら生きている。木村はこの「ずれ」こそを仔細に、繊細に描いてきた。教員時代の沙世の「まっぷたつ」の背景にはある恋愛の始まりと終わりがあるが、他の三人の印象にも変化が生じる瞬間がある。弓子は沙世や律子の前ではベテラン教師然としたおおらかなふるまいを見せるが、現場では教え子の女子から父親に気があることを見抜かれ莫迦にされる。律子は建築士として自らの居場所を確保しているように見えるが、ひそかに思いを寄せる部下から陰口を叩かれ、同級生の集まりには自分だけ呼ばれていないことが発覚する。志保美は恋人(なかなか定職に就かない)から、自分の弱さを沙世への恨みのせいにしていると指摘されたことで、ようやく沙世に会うことを決意する。女性たちの見せる様々な姿から、人間とは時にどうしようもなく「まっぷたつ」なのだという避けがたい業を思い知らされる。
 かつての先生とその教え子の物語、といえばあらすじとして間違いではないが、あらすじからこぼれるものがこの作品には多すぎる。これは木村がずっと書いてきた「女性の生きづらさ」の集大成の物語だ。沙世の懺悔、弓子の孤独、利己的な律子、志保美の鬱憤、四者四様の生きづらさの叫びがこの物語には描かれていて、それらは安易に解消もされなければ、ふってわいたような光り輝く希望にごまかされたりもしない。「生きづらさ」はそのままに、ただやってくる明日へだれもが否応なく足を踏みだす。
 『風化する女』の〝れい子さん〟は、地味な服装の下に「赤や黒のすけすけ」の下着を身に着けることで生きづらさとの折り合いをつけようとした。
 今作で女性たちは生きづらさを何かにすりかえようとはせず、生きづらさそのものと向き合い、言葉にし、それによって生じる変化を苦悩しながら受け入れようとしている。生きづらさもふくめてまるごとわたしの人生なのだ、という登場人物たち、あるいはひょっとすると作家自身の覚悟にも似た強さが、題名の「まっぷたつ」のゆるぎない響きにつながっているようにも思う。読み終えて時間を経たいまも、四人の女性たちの交わりそうで交わらない視線の行方をずっと手繰っている。







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