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評者◆金龍堂まるぶん店、長崎書店、橙書店
熊本地震の被害を受けた書店のその後
No.3264 ・ 2016年07月23日




■4月の熊本地震から約2カ月が経った6月9日に蔦屋書店熊本三年坂がリニューアルオープンした。復興のシンボルたらんとする同店の華々しいリニューアルの陰で、熊本市のアーケード商店街・上通と下通には、いまだシャッターが閉まったままの店がある。すでに移転した店、廃業した店もあるというなか、上通と下通にある金龍堂まるぶん店、長崎書店、橙書店の3書店を訪れた。震災のなかで、または復興していこうというなかで、書店は何をし、何を見てきたのか。それぞれの現状をレポートする。
(取材・6月9日~10日)

【金龍堂まるぶん店】

 「一日も早い再開を願っています」「早くカッパさんに会えますように」「スタッフ皆さんの笑顔に早く会えますように」――。まるで七夕の短冊に掲げた願いのような、多くの読者の思いが、閉じられたシャッターの張り紙に寄せ書きのように綴られている。
 熊本市の繁華街・上通にある「金龍堂まるぶん店」(売場290坪)は今もシャッターが閉まったままだ。4月23日付で「お客様へ」と書かれた張り紙には、地震の影響で休業する旨を伝えるとともに、「店のシンボル〝カッパ像〟は地震の揺れに耐え、今も健在です。いつか必ず、皆さまの前に元気なカッパ像をお見せしますね!」と再開を約束するメッセージも。
 「まるぶん」の愛称で親しまれる同店は4月16日に発生した熊本地震の本震の影響で、同店が営業するビルの2階の屋上に設置された貯水タンクが倒壊、その影響で1階売場の雑誌など数百冊もの本が水に濡れた。さらに、ビルの配電盤が故障し電気は1カ月ほど止まり、建屋の壁面のあちこちに亀裂が入り、1階奥の文庫・新書売場のレジ付近の天井板の一部が剥がれるなどの被害に見舞われた。その日を境に、店頭入口に鎮座する3体のカッパ像が人目に触れることはなかった。
 4月14日の前震では、1~2階の本棚から約半分の書籍や雑誌が床に落下した程度の被害だった。しかし、本震による被害、とくに水害に頭を悩まされたという。
 貯水タンクの倒壊で屋上の床(1階天井)や配管が破損したため、雨が降ればその箇所から水が漏れてくるようになった。1階の一部の床は水たまりになり、その天井には染みとカビが広がり、1カ月後には1枚の天井板も腐敗して抜け落ちてしまった。水に濡れてしまった多くの本を乾かし、返品不能品として段ボールに泣く泣く入れた。
 水害が深刻な売場は、正面入り口から突き当たりを左に曲がった奥の「まるぶんトラベルコーナー」のある、ごく一部だった。天井板が剥がれているのもその周辺。カッパ像の入口から突き当たりの児童書売場まで、2階の学参(学習参考書)・コミック売場のすべてに、大きなダメージは見受けられない。すぐにもこの一部だけで営業再開が可能に思えた。
 「什器やレジ・パソコンなど機器類には問題ありません。1カ月経って、この通り、電気もつくようになりました。建物にひび割れはありますが、専門家からは〝化粧が落ちただけ〟で、建物自体に問題はないと、お墨付きをもらっています。熊日(熊本日日新聞)さんから取材を受けたときも、8月頃にはオープンできると責任者は話していました。問題は水回りです。早く工事を済ませてほしいと思うのですが、復旧工事が立て込んでいて、なかなかこちらにまで回ってこないようです」(荒川俊介店長)
 そう答えてくれてから数週間後、同店は今年10月を目標に営業再開に向けて動き出した。取材時は、「遅ければ、年末までかかるかもしれない」と不安げに話していたが、「再開の目処がついて安心しています。再開するからには以前よりもいい店にして、お客様に喜んででいただけるようになりたいです」。
 荒川店長は店舗休業後、熊本県庁前にある金龍堂外商部で、市役所などまるぶん店の外商先との仕事をこなす傍ら、他店への応援、まるぶん店の返品不能品の処理に追われている。そのため、荒川店長の〝本屋の記憶〟は地震の時に止まったまま。「本屋大賞をとった『羊と鋼の森』はどうなっていますか?」「おそ松さんは?」と矢継ぎ早に質問し、「ずっと本に触っていなくて、新刊が全然、分からないんです」と嘆く。
 そんな荒川店長にあえて、「建物も売場もこれだけ無事で、待ってくれている客もいる。なぜ一部分でも営業再開しないのか」と投げかける。「今からでもやりたいですよ。すぐに店をきれいにして、出版社に送品依頼を出したいんです。前に上司にもそう伝えたんですが、まだ余震も強かったので、お客様に危険が及ぶということで、許可は出ませんでした。それに再開して赤字では意味がない。かといって、再開が遅れるとお客様が離れるというデメリットも承知しています」。
 シャッターの張り紙は、どんどん増えている。まるぶん店の「休業のお知らせ」の横には、「復活 まるぶん」と大きく書かれたB4用紙が張られ、再開を願うメッセージが寄せられている。その横には折り鶴が6羽、ぶら下がっていた。「地震が起きて、正直、本屋なんか必要ないと思いました。だけど、そうじゃないと。張り紙へのコメントだけじゃなく、電話でも激励されました。ここまでお客様に思われているとは気付きませんでした。これだけ近い距離を意識して仕事をしていませんでした。代償は大きかったですが、それが理解できた。今後の仕事にも大きく影響してくるでしょう」。

【長崎書店】

 まるぶん店と同じ、アーケード商店街・上通には、出版業界では名の知れた長崎書店がある。熊本市電の「新町」電停近くには、長崎書店の母体となった「長崎次郎書店」もある。長崎書店は当初、長崎次郎書店の上通支店として出店したが、戦後に経営を分離。その後、2013年に長崎次郎書店が休業、14年には長崎書店が経営を引き継ぐかたちで店舗を再開した。
 同店は、14日の前震と16日の本震で、書棚からほとんどの本が落下するなどの被害にあったが、店舗内の影響は軽微だった。同店のスタッフたちが17~18日で店舗入口付近の復旧作業を終え、19日から営業時間を午前11時~午後5時に短縮し、店舗のレジ付近まで顧客を入れて、目的の雑誌や書籍はスタッフが用意するというスタイルで仮営業を始めた。姉妹店の長崎次郎書店はその前日の18日から一足早く営業時間を短縮して仮営業を開始していた。
 同店の宮川洋一郎店長代理は「当初は、子連れのお客様などが『週刊少年ジャンプ』などのマンガ雑誌を購入されていました。地震後に開いている店はうちくらいでしたから、開いていることを喜んでくださるお客様もいました」と話す。
 ゴールデンウィーク(GW)後は、地震の影響で休校していた小中学校が開校し始めることもあって、学参に関する問合せが長崎書店に殺到したという。しかし、学参を扱っているまるぶんはいまだ休業中。長崎書店には学参そのものがない。そこで、熊本教販(熊本県教科書供給所)から期間限定という条件で了承を得て、店内のギャラリースペースで臨時販売することになった。「まるぶんさんが休業されているので、GW前から本の売上は上がっています。金額では1・5倍くらいで、今もその状況は続いています」という。
 同店の売上が上がったと思われる要因が他にも考えられた。郊外店の閉店である。紀伊國屋書店熊本はません店はいまだ閉鎖され、金龍堂東バイパス店は廃業してしまった。
 「おそらく遠方から来ているお客様だと思うのですが、NHKのあるテキストを切らしてしまっていて、『代金を支払っておくので入荷したら宅配してください』とおっしゃるんです。最近はそのような要望が増えています。市内の方もいますが、阿蘇や菊地など、そちらの方も。今は、そうやって遠方から来てくださった方の求めに、きちんと品揃えで対応できるようにしたい」。
 取材時の6月9日には長崎書店は営業時間を午前10時半~午後7時(13日から通常時の午前10時~午後9時に戻った)に短縮した程度で、店舗運営は平常を取り戻している
ようにみえた。
 同店の前、アーケード通りの中央付近では、震災関連本を集めたワゴン販売も始まっていた。熊本の震災復興のためにという上通商栄会の企画で、長崎書店以外の店舗も出張販売している。
 そこで売れている3冊の本が、『緊急出版 特別報道写真集 平成28年熊本地震』(熊日出版)、『安全・快適 車中泊マニュアル』(地球丸)、『アサヒグラフ 九州・熊本大地震 活断層の恐怖』(朝日新聞出版)だという。ちなみに、ワゴン販売では、「手紙の書き方」や国土地理院の「活断層図」、熊本城の写真集、防災マニュアルなどの書籍や雑誌も販売していた。
 車中泊の危険性が指摘されていたなか、「地球丸の『車中泊マニュアル』は熊本地震の情報を載せたうえで刊行され、熊日新聞にも記事が載りました。それで売れているのだと思いますが、一方でまだ車中泊をしている人がいるのかと思い知りました。同じ熊本にいながら、意識の差というのはあります」。
 写真集については、地震のときに世話になった親戚や知人などに配るために、5冊、10冊とまとめ買いする客が多かったという。取材中に、ワゴンにある2冊の写真集を見つめていた年配の女性がいた。表紙を凝視しながら、「あれ以来、辛くて悲しくて、新聞もみていなかった」と独り言つ。だが、1冊の写真集を購入していった。理由は聞いていない。ただ、東日本大震災の被災者と同じように、その人が前に進むための〝一歩〟だったと受け止めた。

【橙書店】

 熊本市の繁華街・上通と対をなす、もう一つのアーケード商店街・下通の一角に、隠れ家的に佇むのが橙書店である。熊本県内外の知識人やメディア関係者などが集う、書店兼喫茶店兼雑貨屋兼ギャラリーとして知られる同店は、取材時の6月10日には通常通りオープンしていた。熊本の評論家・渡辺京二氏と文芸誌『アルテリ』を発刊するほか、熊本文学隊のイベントにも携わる店主の田尻久子さんは震災から約2カ月後の心境を次のように分析する。
 「私たちは運がよくて、二次被害的なものがほとんどありませんでした。東北(東日本大震災)や益城町のことが頭にありますから、あちらに比べて私たちは大丈夫だったので、我慢してしまう。でも、あれだけ怖い思いを押し殺していますので、そろそろ疲弊してストレスが出てくる頃ではないでしょうか。私もあれからずっと休んでおりませんので、今は地震直後よりもきついです」
 14日の前震のときは店内にいた。棚から食器がなだれ落ちてきた。本も雑貨も散乱した。地震の揺れで下がった軒のせいで、喫茶スペースのドアは開かなくなった。以前から雨漏りしていた天井の一部が落ちてきた。
 一人だけ残っていた客を外に避難させ、客にも田尻さんにも怪我はなかった。その日は帰宅したものの、一睡もできなかった。15日の朝に店に戻り、散乱した食器の破片や本などを片付けた。夜遅くまで作業して、疲労した体をベッドに預けているときに16日の本震に遭遇した。家から出て、その日は野宿することに。朝になっても気が動転して動けなかったが、昼頃に店舗へ向かった。
 「あまりにもぐちゃぐちゃだったので、その日は片付ける気力もありませんでした。通電火災が怖いので、ブレーカーを落とし、冷蔵庫の食糧を持って、避難先の友人宅に戻りました。そのため、喫茶スペースの床下はガラスの破片まみれで、そこを通って本屋にも行くものだから、そっちもガラスまみれになってしまって」。女性一人で余震が続くなか、片付け作業をするのも、相当な身心的な疲労を伴ったと思われるが、「津波で泥まみれになったことを考えると、全然楽ですよね」とまた我慢を重ねる。
 本格的に片付け始めたのは18日以降、「震災ハイなのか分かりませんが、2~3日はひたすら片付けに没頭していました」。先に店を開けたのは向かって左手にある本屋スペース。本を売るというよりも、皆が話せる場を設けたかったからだという。
 「県内の常連客が来て、後片付けを手伝ってくれました。県外の方からも連絡をいただきましたが、余震があって危険ですので、と断りました。色々な方が来てくれましたが、やはり話をしたいのでしょうね。気が張り詰めていた状態でしたから。店に入っていきなり泣き出す女性もいらっしゃいました」
 本屋で、客たちに無料のコ
ーヒーをふるまった。見ず知らずの彼らがコーヒーを手に、自然に会話していた。「自宅の本棚が倒れて本が散乱している」と話す客が何気なく本を購入していく。
 「震災直後は、食べること、寝ること、身を守ることだけを考えていました。ここではコーヒーを飲んだり、本を読んだり、話をしたり、日常生活に触れることができます。それで、ほっとされていたように思います」
 徐々に訪れる客は増え、無料のコーヒーに対して「金を払う」と言いだす常連客も表れ、まだ開店していない喫茶スペースのカウンターに居座り出す人も。5月末には、ひとまず震災前の営業に戻すことができた。
 しかし、田尻さんは今秋にも同店を今の6割ほどのスペースの物件に移転するという。現在の場所から徒歩で行ける範囲だが、超一等地ではないようだ。そのきっかけは多くの作家の友人であり、見ず知らずの顧客だった。
 詩人の伊藤比呂美氏(熊本文学隊隊長)、作家の姜信子氏、写真家の川内倫子氏らから、イベントを開催して集めた収益金を橙書店に寄付するという「橙プロジェクト」をスタートすると持ちかけられた。だが、「引っ越して経営を立て直そうと考えています。大丈夫ですから」とその申し出を断った。
 他にも何人もの作家から支援の申し出を受けたが、断るのに一苦労したという。さらには「昔、この店に来たから編集者になれた」という名前も知らない客から手紙をもらうこともしばしば。震災を機にこうした支援話が頻繁に舞い込んでくるようになったという。
 「ありがたいんですが、ここを潰してはいけないというプレッシャーがものすごい。それまでは、ダメになったときはなったときで、と思っていました。ですが、そういうわけにもいかないと思うようになりました。新しい場所は、ここほど一等地ではありませんので、売上は落ちると思います。家賃は今よりも安いので、その落ち幅で今後、どうなるかが決まります」。







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