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評者◆堀江奈津子(くまざわ書店阿久比店)
いっぱい食べる文豪は好みですか?
食魔 谷崎潤一郎
坂本葵
No.3263 ・ 2016年07月16日




■前回にお味噌汁の本を挙げたように、私は食べることが好きだ。ご褒美と称し、仕事が忙しかった後に少しだけ奮発して美味しいものを食べることが生きがい、といっても過言ではない気がする。気ままなひとり旅行へ行く時も、ノープランといいつつ泊まる場所と食べたいものだけはしっかりメモを作成する。ただ、あまりに食べたいものが多すぎて「あれ食べたい、これ食べたい」と夢想して終わってしまう。いろいろな制限がなくなったとしたら、全国を数カ月かけて美味しいもの巡りをしてしまうに違いない。
 そんな自称食いしん坊な私は、美味しそうな食べ物がでてくる小説も大好きである。ただ、想像力が乏しいためか、現代小説の食べ物にときめくことが多かった。そんな私が今回、『食魔 谷崎潤一郎』を手に取ったのは帯に書かれた美味しそうな食べ物や名物の数々の羅列が目に入ってしまったからである。近江牛、大トロの厚切り、東坡肉(トンポーロー)、牛鍋……。文字を見るだけでお腹がなりそうである。
 「美食は芸術」と考え「食魔」を自称し、三島由紀夫に文学作品自体が「何よりもまづ、美味しい」と評された近代文学を代表する作家、谷崎潤一郎。耽美表現やマゾヒズムで有名な谷崎を食の観点から「食べつくそう」というのがこの本の試みである。
 小説・随筆・戯曲、生涯やりとりした書簡など、膨大な作品群からまず第一章にて谷崎の食に対する哲学が紐とかれていく。特に印象的なのが「悪女のフード理論」の項である。谷崎作品に出てくる代表的な悪女と食べ物の関係が興味深い。『痴人の愛』のナオミをはじめ谷崎作品のヒロインは食欲旺盛の贅沢三昧。そんな悪女たちに振りまわされる男たち。私の頭の中ではとあるサプリメントのCM曲が流れていたほどである。
 第二、第三章は作品で取り上げられた料理を解説していく。慣れ親しんだ江戸前の名物。関東大震災後に移り住んだ関西での京料理。中国料理が出てくる話では東坡肉が何度でてきただろうか。西洋料理のフルコースに、ドイツのお菓子。美味しそうな料理の数々と描写に、小腹が空いてきてしまう。
 しかし、ここで何か食べてから読み進めるのは危険である。著者も読み飛ばすことをすすめてしまうような第四章「グロテスクな食べ物たち」が控えているのだ……。もちろん、谷崎作品を読み解く上で大変面白い項なのだが、ある意味覚悟をもって読み進めることをお勧めしたい。
 最後の第五章は谷崎の生涯を食生活から振り返る「食歴」である。彼が実際食べた物を時代ごとに並べることによって近代日本の食文化の流れも見ていくことができる。何より驚くのは、谷崎の食への執着だ。晩年はおろか一般の人が食に困っていたであろう戦中でも食べ歩き・お取り寄せをしていたとのことで、どれほど狂気的な食い意地の持ち主であったことかとびっくりしてしまった。
 文豪たちが特殊能力で戦うコミック『文豪ストレイドッグス』も春にアニメ化され、今年の夏は書店的にも近代文学が熱いと勝手に思っている。イケメンイメージで読む方には申し訳ないが、食魔な谷崎を私はおすすめしたい。その理由は彼が好んだ美食に心奪われている私も「食魔」と化しているからに他ならない。ああ、おなかすいた。







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