書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆岩波書店・岡本社長とみすず書房・持谷社長が講演
「出版業の困難さ」、「図書館との協同」を訴える
No.3263 ・ 2016年07月16日




■図書館総合展運営委員会は7月2日、「出版と図書館の未来図」をテーマにした地域フォーラム「図書館総合展2016フォーラムin塩尻」を長野・塩尻市のレザンホールで開催した。フォーラムの第1部「出版と図書館の未来図」では、原書房の成瀬雅人社長の進行で、岩波書店の岡本厚社長が「出版社にとって図書館とは? 版元が図書館に期待すること」、みすず書房の持谷寿夫社長が「図書館で『本』と出会う、ということ」をテーマに講演した。
 岡本社長は「出版流通の状態がこのまま続くと、非常に本がつくりにくくなっていく。採算性の悪いものはつくれなくなるかもしれない。だが、出版は多様性が大事。様々な考え方をもった出版社が生き残っていかなくてはいけない。図書館はそうした多様な本を読者に提供し、読者を拡大させていく役割を担わなくてはいけないと思う」「いま知的基盤は非常に弱くなりつつある。出版界、図書館界だけではなく、メディアや大学、政界・財界を巻き込んで、全国的に長く続く読書推進のキャンペーンはできないか」などと訴えた。
 持谷社長は「出版業の生業の原点は『数』であるが、いま、その困難に直面している。それをみなさん(図書館員)と考えていきたい」「図書館と出版社で協同できることは様々ある。図書館が出版の再生産という循環に入ることができるかが、ひとつのカギ」などと図書館との協同を提案した。
 開会に先立ち、同実行委員会の佐藤潔委員長、塩尻市の山田富康教育長、塩尻市出身の古田晁氏が創業した筑摩書房の山野浩一社長が挨拶に立った。佐藤委員長は11月8日からパシフィコ横浜で開かれる図書館総合展について、「書協が今年3月に馳浩文部科学大臣に図書館の資料費増大を要求した。それを自治体の首長にも分かってほしいと思い、行政の首長のフォーラムも展開していきたい」と出版社と図書館の連携を推進していくことを報告した。
 山田教育長は「塩尻市立図書館は読書離れ、活字離れといった問題を重要視している。『信州しおじり 本の寺子屋』をはじめとする読書環境の充実への取り組みを行ってきている。この問題は図書館も出版界も互いに手を取り合い、知恵を出し合って打開策を見出す必要がある」と話した。
 山野社長は創業者・古田氏の逸話を伝えるとともに、社業について報告。「全集の筑摩と言われたが、今年3月末の決算をみて、ペーパーバック(PB)が売上全体に占める割合は69%。出版点数は309点中、228点がPB。その割合は74%。PBの筑摩になってきた。単行本の点数は年々少なくなってきて41点。そのなかで資料性の高い2000円を超えるものはわずか7点だった。四半世紀の間に図書館から遠ざかっていった」と単行本の出版活動の苦境を伝えた。
 また、塩尻市立図書館の本の寺子屋の講演会について触れ、「会場の入口で近隣の書店が関連図書を売っていた。講演後には多くの人が本を買って帰られていた。地道な仕事ではあるが、こういうことが出版社と書店と図書館と読者をつなぐ起点になるのかと思った」と話した。

◇岡本社長と持谷社長の講演要旨は次の通り。

【岩波書店・岡本厚社長】
 印刷技術の革新によって、一人の思想や考えを非常に多くの人たちに一度に伝えることができるようになった。いわゆる出版革命と呼ばれるもので、これによって近代という時代が生まれた。出版によって近代が生まれ、近代の中で出版産業は大きく興隆してきた。岩波書店は講談社や新潮社などの出版社と同様に、100年ほど前に創業しているが、近代化というなかで、人々は非常に知識に飢えていて、様々な知識・情報がほしいという求めに応じて様々な本を出してきた。
 国内外の文学、哲学、思想、経済学、自然科学など、岩波書店だけでなく出版界は知的な基盤を社会に提供してきた。知の基盤を社会に提供するのが出版の根本的な意義。岩波書店は『漱石全集』にはじまって、漱石に連なる様々な作家たちの作品、岩波文庫や岩波新書、それ以外にも学術書や専門書などを出してきた。
 戦後は、経済成長とさらなる知識の大衆化の波に乗って、岩波書店も出版界も大きくなってきた。しかし、ここ20年、その勢いは非常に大きく変調している。1996年以降、出版市場は縮小を続けている。2兆6000億円台だった売上が、15年には1兆5000億円台と1兆円の市場がなくなった。本屋もどんどんなくなった。岩波書店もその激動と無縁ではない。売上が落ち、人も減り、厳しい経営状態が続いている。
 最近も中小規模の取次が次々と倒れ、あるいは今年に入って芳林堂書店が倒産し、紀伊國屋書店新宿南店が大幅に縮小するなど、大きな出来事が続いている。書店が1店なくなると、周辺の書店に一部の客は行くが、かなりの部分は消えてしまう。一方、アマゾンなどのネット書店の売上が増えている。電子書籍やPOD(プリントオンデマンド)も増えてはいるが、書店の減少をカバーできるほどではない。100年かけて築いてきた出版流通のシステム全体が非常に大きな危機にある。こうしたなか、岩波書店も数年前から社内の改革を進めている。これまでと違った売り方や作り方、様々な工夫、あるいは模索をしている。
 出版界の苦境へのいら立ちからか、図書館が読者を奪って、出版社のビジネスを妨げているのではないか、という声も、出版社や著者から出てきている。出版社の売上は右肩下がり、逆に図書館の貸出数は合わせ鏡のように右肩上がりになっていることもあって、そう言われた。しかし、図書館の貸出数はここ数年、減ってきている。にもかかわらず、本の売上は下がっているので、この仮説は成り立たないのではないか。
 むしろ、SNSが非常に力を増していると考えるべきだろう。事態はもっと深刻になっている。読書という習慣そのものが衰退に入っている。図書館にはもっと高額な本を購入してほしいというビジネス面での思いはある。だが、その側面だけではなく、出版社や図書館が持っている公共性を軸にして、両者が繋がっていくことができるのではないか。出版社と図書館が共闘して、あるいは共同体として、本の魅力を伝え、読者を1人でも2人でも増やしていくことができないだろうか。
 塩尻市立図書館は、単に本が置いてあり、静かに本を読むだけの場所ではない。図書館を中心に、ビジネス支援や子育て支援などに取り組み、知のネットワークをつくりあげていこうとしている。いわば社会をつくり上げていこうとしている。その発想そのものに私は希望を感じた。出版社は何のために、図書館は何のためにあるのか? よりよい社会・世界、よりよい充実した人生に寄与するために存在するのではないか。
 出版流通が、いまの状態のまま続くと、本がつくりにくくなっていく。出版社も厳しいなかで、採算性の悪いものはつくれなくなるかもしれない。出版は多様性が大事。様々な考え方や情報、様々な出版社が生き残っていかなくてはいけない。図書館が多様な本を読者に提供して、読者を拡大していくという役割を担わなくてはいけないと思う。それが次の社会をつくっていく。ある理念があり、それに対する批判があって、論争があり、制度化されていく――ということを繰り返してきたのが近代社会。その知的基盤が弱くなりつつある。出版界や図書館界だけではなく、メディアや大学、政界や財界を巻き込んで、全国的に長く続く読書推進のキャンペーンができないだろうか。我々がやっているのはビジネスではあるが、公共的なことでもある。日本社会全体において、それだけ重要な役割をこれからも果たしていくために、生き延びていかなければいけない。

【みすず書房・持谷寿夫社長】
 出版社の最大の困難は、出版業が困難なこと。出版業は出版をすることで生業を成り立たせている。その生業の原点は「数」である。
 みすず書房はミニプロ・ミニセール。全国に図書館が3000軒超、他も合わせれば4000軒になる。それで成り立つのがミニプロ・ミニセールの世界。ただ、違うロジックで動かなければならない出版活動もある。要するに、万単位を必要とする出版活動もある。その出版業を成り立たせるために、戦前から戦後にかけて、流通システムがつくられてきた。
 しかし、それが揺らいできた。それには様々な理由がある。そのひとつとして、新しい読書のかたちが否応なしに広がっているという状況がある。それは私たちがつくっているテキストを重視した本ではなくて、映像やコミックなどから広がり、読書のかたちが変わり始めている(研究や学術を除く)。図書館もいま、そのように変化しているが、サードプレイスとしての図書館というものを意識している。これはその変化を如実に表している。要するに、書店や図書館で本と出合う、それがどのような関係になっているのか、その位置が少しずつ変わってきている。
 何度も言うが、直面しているのは出版業の困難さ。それをみなさんと考えたい。なぜかと言うと、図書館に本が蔵書されるということは、ある一定の質に対する評価をいただいたということに尽きるからだ。評価されることは出版社にとっては非常に大事。しかし、いまは評価されることがなかなか数字に結びつかない。一番顕著なのが、新聞書評に本を動かす力がなくなってきていること。評判になったのに本が売れないと、誰のために本をつくっていたのかと疑心暗鬼に陥ってしまう。
 そうなると、出版社のなかでは、売れる本以外は出すなということになりやすい。これはとても危険なことである。
 みすず書房で最も時間をかけてつくった本は、『現代史資料』(全58巻)。完結までに25年かかっている。それをいまできるかというと、絶対にできない。しかし、そうなると、出版は面白くない。そのスピリットをどこまで持ち続けられるかが、これからの勝負でもある。
 出版社は本を読む人を読者といい、書店はお客さんといい、図書館は利用者という。みな同じ「本を読む人」だが、三者とも見えているものが違う。この感覚のズレを了解したうえで話をしないと、議論は先に進まない。そのうえで、図書館と出版社で協同できることは様々あることに疑いはない。出版社は本の情報を提供し、図書館は利用者の属性を出版社にフィードバックするなどの「出版の再生産という循環」に図書館が入ることができるのかが、ひとつのカギ。その循環をどういうかたちでやるかは、これからの課題である。図書館の貸出統計やアンケートを集約することで、その先にいる読者の姿を出版社が見ることができるかもしれない。
 いま、出版界が図書館の先に見ているのは、「予約待ち」の姿だけ。あれを見せることに何の意味があるのか、私には分からない。
 私たちが困っているのは、新刊が売れないこと。同時に既刊本も売れない。既刊本は書店が衰退しているから売れなくなった。そうすると、既刊本を売る最大のポイントは図書館になる。さらに、その先の読者を捕まえるためのポイントも図書館になる。もう一つ、新聞書評の効果が少なくなったと申し上げた。図書館で本当にいいと思う本を紹介してほしい。
 要は質を保った出版サイクルの循環をつくっていくには、いままでは無意識でよかったが、いまはかなり意識していかなければいけない。いま出版業が危機にある。出版業という枠のなかに出版が入っていて、そのなかで出版という公共性を保ってきた。出版業が揺らぎ始めると出版の方にまで影響を与える。
 本というメディアは人を介さないとダメ。本を人に伝えて広めようとするには、どれだけ人が関われるかにかかっている。なおかつ立ち読みされるための場も用意しなくてはいけない。書店の数が減っているいま、それも困難になってきている。これは決して、ネット書店や新古書店が補えるものではない。
 先の読者へとつなげていく循環のサイクルをもう少し強くするために、人が関わらなければいけない。情報ではない本というものを伝えていくためには、携わる誰もがそのことに意識的に関わらなくてはならないし、様々な協同のかたちが必要になる。いま、本が非常に厳しい状況に置かれているのは間違いない。そのなかで可能性というのは必ずあるし、その可能性となる力を、ここにいる人たちと私たちがつくっていけるものだと思っている。







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約