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評者◆西村仁志(ジュンク堂書店新潟店)
「安吾は根本的にファルス作家である」
戦争と一人の作家――坂口安吾論
佐々木中
No.3262 ・ 2016年07月09日




■無頼派と言えば誰もが思い浮かべるであろう作家、坂口安吾。その生涯は四八歳という短いものでありながら、作家生活の中では数多くの作品を残している。そんな安吾についてこれまでよく言われてきたことは、多産の割に長編もあまりなく、なにより失敗作がとても多いということだ。本書は真っ先にそこに切り込む。
 「小説だのエッセイだの探偵小説だの歴史ものだの、そんな区別など一切どうでもよろしい。安吾はエッセイのみ評価すべきであって小説は云々とか、しかしこの小説は好きだ云々とか、誰もが言うそんな今更なことを蝶々してどうなる。そう言うなら、なぜ安吾は「小説」を書くことにおいて失敗を重ねたのかその理由を示さねばならない」「それを抜きにして一部の作品の一部の箇所のみ取り上げて称揚する安吾の読解は、決定版全集が刊行されはじめてから二十年近く経ついま、もはや単なる怠惰と呼ばれねばならない」。そのために、「安吾は根本的にファルス作家である」として、概ね時系列順に作品を辿っていく。ファルス、笑劇や茶番などと訳されるこの語に、安吾は更に独自の意味を持たせながら多くの作品の中で言及しており、彼を読み解く上では重要なキーワードとしてよく知られている。安吾のこのファルスへの飽くなき追求と、不覚にも自らその定義を裏切っていく様を本書の読者は見ることになるのだが、その見せ方が凄い。凡そ二二〇頁の論考に、注釈が四〇〇個近くあり、しかもその殆どが安吾全集からなのだ。徹底的にテクストに忠実なこの著者ならではの仕方であろう。そしてこの膨大な注釈によって、安吾の数々の矛盾点が暴かれていく。
 こうなると安吾にとっては自分の文章、発言なのだからたまったものではない。一切の退路は断たれ、言い訳なんぞは毫も許してもらえない。本書の出版前に著者は自身のブログで告知しているのだが、「やはり安吾先生の特攻賛美を始めとした文学的政治的なジダラク、ゴマカシ、アトヅケ、不埒千万にして断々乎として許さるべからず、徹底的にヤッツケざるを得ないですよ。見逃してやれというのは無理だなァ」とある。宣言通り「徹底的にヤッツケ」られる安吾。しかし、延々と述べられる批判も結びで一転する。ファルスへの希求から、その思いとは裏腹に矛盾を重ね、失敗を繰り返し続けた安吾であるが、そもそもこの論考は“「根本的にファルス作家である」安吾”という命題に貫かれている。当然最後にはファルスを書き得た安吾と、またそのファルス作品についての言及によって幕を閉じることになる。が、その過程における試行錯誤をする安吾の姿に寧ろ安吾らしさ、引いては人間らしさを見ずにはいられない。坂口安吾という作家の魅力が十二分に味わえる一冊。







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