書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆志村有弘
人の世の孤愁と諦念を描く堀江朋子の小説(「文芸復興」)――岩谷征捷の散文詩を思わせる北の町を舞台とする小説(「境」)、憂国・反戦を叫ぶ詩歌群
No.3262 ・ 2016年07月09日




■現代小説では、堀江朋子の「田園まさに荒れなんとす」(文芸復興第32号)が秀作。作品の語り手千冬は一年前に夫を亡くし、娘と二人で新宿に住んでいる。少年航空隊(特攻志願)に入り、終戦直前、訓練で体を壊して死んだ兄への思いを抱いている。特攻基地の一つである出水には農業を営む中学・高校の同期生・大塚肇がいた。出水を訪ねた千冬は、大塚や彼の叔母から歓待され、東京に戻ってのち、大塚から再び農業をする意欲が起こった旨のメールが届いた。だが、大塚は急死する。「田園まさに荒れなんとす」という題は陶淵明の詩を踏まえて、千冬が親の故郷に帰った大塚の姿を評した言葉。妻子と離れて一人で農業を営む大塚が「火のように淋しい」と吐露した言葉が心に残る。千冬の両親が左翼の文学運動に身を投じていたこと、母方の祖先が美作菅原党であるという記述を見ると、私小説の形で書いていないけれど、ほぼ事実を根底にしていると見てよいと思う。秘めた形で互いに心の中で愛情を抱いている大塚と千冬。それを抑えた表現で作品を展開させる作者の技倆。結びで、大塚の姿が目に浮かび、「哀しみが胸一杯に拡がっていった」という哀切極まりない抒情。特攻隊員、からゆきさん、名もなき兵士、苦界に生きた遊女への眼。堀江朋子は反骨の詩人・上野壮夫の血を確かに受け継いでいる。
 〈死〉といえば、和田信子の「マグカップ」(南風第39号)が、別れた夫の死を綴る。依子は、日常生活にも女にもいい加減であった研太と別れ、研太の中学時代からの友人である浩司と再婚する。研太はその後も女性関係があったものの、再婚した。死ぬ前に明るく振る舞う研太。依子も二十三年間、共に暮らした研太に思いは残っている。前半に依子の平穏な生活が描かれているだけに、後半の研太の死が読者に強い印象を与える。ともあれ、とかく軽薄に見える研太もひとかどの男であった。研太が贈ってくれたマグカップは悲しい思い出となるだろう。「生きていて逢わないのと死んでしまってもう二度と逢えないのはまったく違うのだ」という文章も心に残る。平易な文体で綴る安心感のある作品。
 同じく「南風」掲載の宮脇永子の「蚕起食桑」は、一つの怪奇譚というべきか。「光枝さんは掃除が下手ね」と言った由紀子の母の言葉が大きな意味を持つ。「光枝は結界の向こうで死んだ」という結びの文章が作品の内容を物語る。人やモノが侵入できない結界。あるいは光枝はいわば〈異界〉に住んでいたのか。光枝の死に顔のすさまじさ。特異な女人像を描き出した力作。
 岩谷征捷の「待つこと・忘れること――モーリス・ブランショに」(境第28号)が、北の町を舞台に、幼い頃からの女性との恋と別離・隔絶を現実と想念の世界が交錯する形で描く。難解な部分もあるが、散文詩を思わせる静謐な文体で展開。漂う諦観は作者の人の世に対する思いでもあるのか。副題にあるように「待」ち続けた「私」。「雪の別れ」・「ひと気のない北国の海岸」・「さいはての海辺」・「アカシアの木の植わっている駅前広場」が語り手である「私」の存在する舞台。そしてその「鉄道も廃線になった」という末尾近くの文章が人の世の寂寥をひしひしと。
 中嶋英二の「愛の余白」(街道第27号)の主人公である「私」は、恩師魚住教授から招かれ、訪ねてゆくと、孫娘のありさ(教授の娘とフランス人との混血児)と再会した。一方、「私」と共に暮らしていた智子は愛する男ができて出て行っている。「私」は智子に愛情を抱いているのだが、話し合いの場でも智子は「私」の願いを拒否して去って行く。ありさと男女の関係を結んだ「私」のもとに、鬱病の魚住が縊死したという連絡が届き、「私」はもはや魚住とのしがらみはないと思い、ありさを訪ねることにする、という内容。長編小説に仕立て得る作品。
 歴史・時代小説に移る。白井康の「秘伝」(創第10号)は、山中鹿之助の遺児である鴻池新六兄弟が清酒醸造に成功する姿を痛快に描く。〈秘伝〉とは清酒醸造法。江竜喜信の「円空、慈愛を彫る」(別冊關學文藝第52号)は、円空が伊吹山を舞台に尼となった飯盛女に母の面影を重ねて、十一面観音立像を彫るまでを綴る。円空の亡き母への思いも美しく描かれている。
 憂国の声が高い。瀬長瞳は「危うい日本列島」と題して「揺れやまぬ日本列島望みなし恨めしきかな思いやり予算」(くれない第167号)、有永遊水は「カウントダウン」(高知文学第42号)の中に「天災に備える間にも戦争は人の心に囁きかける」と歌う。「未来につなごう――戦後70年平和の声を」(反戦反核平和詩歌句文集第24集)は、短歌九四編、詩五五編、漢詩二一編、川柳一〇三編、俳句一六六編、散文四編を収録。その中に万葉太郎の「戦死とや餓死とや兄の八月忌」という悲憤の句。「小詩集 戦争を拒む」(詩人会議)も三十人の詩人の反戦詩。
 「阿部知二研究」第23号が木村一信・本間美恵子、「碑」第106号が松永広光、「カプリチオ」第44号が谷口葉子、「女人随筆」第138号が前田康子の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。 
(相模女子大学名誉教授)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約