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評者◆永江雅和氏インタビュー
自治体と鉄道をつなぐことで、従来型ではない地域史の方向性を拓く――小田急沿線のドラマがぎっしり詰まっている、まさに小田急愛にあふれた一冊
小田急沿線の近現代史
永江雅和
No.3260 ・ 2016年06月25日




■専修大学教授で経済史が専門の永江雅和氏が、『小田急沿線の近現代史』(クロスカルチャー出版)を上梓した。開口一番、「学生に、野口五郎を出して、どうしていきものがかりを出さないのかとすごく怒られました」と苦笑い。というのも、本書冒頭で私鉄沿線の風景を論じる際に、野口五郎の「私鉄沿線」を紹介しているから。実はいきものがかりのヒット曲「SAKURA」には小田急線が登場し、同線の本厚木駅と海老名駅の列車接近音に彼らの楽曲が使われているのだ。「知らなかったのです。しかも、リーダーの水野良樹さんは大学の後輩。せめて「海老名と厚木の駅前開発」の章で一言入れておけばよかった。いま、カーステレオで、いきものがかりの最新ベストアルバムをがっつり聴いています」
 もちろん〝てっちゃん〟と思いきや、「信じてもらえないのですが、専修大学に赴任するまで、ほぼ鉄道に関心がなかった」と衝撃の発言。「入職の際の面接で、追従でも何でもなく、就職させてもらったところの歴史をやりたいと思っていました。一九九九年に入職したのですが、向ヶ丘遊園駅前にはまだモノレールが残っていましたが既に走っていませんでした。また、研究室の窓から観覧車が見え、仕事に余裕が出たら乗ってみようと思ったら、向ヶ丘遊園がなくなってしまった。急激にそれらが歴史の対象のように見えたのです」。その向ヶ丘遊園の歴史から調べ始めた。
 専門の農村史研究はひとつの自治体で完結してしまうことが多いという。しかし「関東に来てはっきりしたのは、どこどこ市の住民というより、何々線沿線に住んでいるというイメージが強い」。自治体を鉄道でつなぐことで、従来型ではない地域史の方向性が拓けた。「〝小田急線〟ではなくて、〝小田急沿線〟の近現代史なのです。つまり、小田急線をとおして地域社会がどのように対応したか、その関係性を書きたいというのがテーマなのです」
 鉄道史研究の分野は層が厚く、「よく知らない人間がうかつに踏み込めない領域。日本の鉄道愛好家もレベルが本当に高い。そこで本を書くのはなかなか恐ろしいこと。研究者はもちろん郷土史家、愛好家の研究業績に敬意を払うことを忘れないような執筆を心がけました」。しかし新参者だからこそできることもあった。「鉄道史の専門家や愛好家の目には留まらないけれども、僕の手法で資料調査をやると出てくる事柄がある。やはり郷土資料に対する目の付け所が違うのかなと。そこに気づいてから少し自信がわきました。そこまで一〇年かかりました。例えば小田急の創業者である利光鶴松という人物は鉄道の経営者でもありますが、東京市政に絡む政友会系の政治家。彼の人脈をたどると、成城学園では森恪、向ヶ丘遊園では伊藤六郎兵衛、町田では村野常右衛門、そういう政治家ならではのネットワークを有効に使っているんです」
 意外なところでオリジナリティも出せた。「日本史や経済史を勉強すると、鉄道国有法が行き詰まり、軽便鉄道法、地方鉄道法でもう一度鉄道ブームが来るというのが一般的。僕もそう思っていました。しかし第二次私鉄ブームを支えたのは軌道法でした。小林一三の阪急電鉄も含め、数多くの鉄道会社が軌道法で許認可されているのです。これはいままであまりいわれていないことではないかと思います。小田急は地方鉄道法で免許を得ているので、本筋からは離れた論点ですが」。一九〇〇年に制定された私設鉄道法は新路線設立に大変厳しい法律だったのだが、馬車鉄道を想定した軌道法はそれよりも規制が緩かった。だからブームが起こったのだ。「政府にとって当初電車は蒸気機関車の代替物ではなく、馬車鉄道の発展型という認識であったのでしょう」
 そのとき面白い発見があった。「執筆中は育児の真っ最中。子どもは「きかんしゃトーマス」が大好き。アニメを見て思ったのは、日本の鉄道ものには必ずある電線が、トーマスにはない。なぜならトーマスに出てくるのは、蒸気機関車とディーゼル機関車だからです。つまり電車が出てこない。世界中で、蒸気機関車から電車に移行したと思っていたのですが、海外ではいまだに電車が少ない。鉄道史の専門家には当たり前のことのようなのですが、そこに日本独自の歴史的背景があると思いました」
 駅がどこにできるかは、その地域の発展に関わる。だから各駅の設置には誘致活動があり、反対運動もあった。成城学園前駅と玉川学園前駅の二駅を作った小原国芳のような商才に長けた教育者もいた。本書には、そんな小田急沿線のドラマがぎっしり詰まっている。最後に小田急らしさとは何かを聞いた。「関東のほかの私鉄と比較すると、小田急は終点が小田原、箱根であるという思い入れの強さを感じます。なるほどロマンスカーはオーバースペックで、合理的に考えればいらないかもしれない。しかし「東京行進曲」で「小田急でにげましょか」と歌われたように、通勤電車という枠で収まることをよしとしていない社風があるのだと思います。そこが小田急の小田急たる所以でしょう」
 今一度、本書の表紙を見てほしい。古いロマンスカーと配色が同じなのである。まさに小田急愛にあふれた一冊だ。







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