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評者◆稲賀繁美
国際秩序の基本法の設定をめぐる東西理論闘争の幕開け?――「中国伝統の国際関係における〈五倫国際関係論〉という規範理論構築」をめぐって
No.3259 ・ 2016年06月18日




■欧米世界における国際関係論の議論では、John King Fairbank, The Chinese World Order:Traditional China’s Foreign Relations,1968の影響力が大きく、中国の外交関係は、朝貢体制へと矮小化されて理解されてきた。だがそこには「五倫国際関係論」と称すべき秩序意識があった。台湾中央研究院近代史研究所および台湾大学日文系に勤務する張啓雄教授は、この観点にそって壮大なモデル構築をめざしている。「五倫」とは「君臣・父子・夫婦・兄弟・朋友」を指す。この仮説はきわめて大胆な提案を含む。以下、簡単に検討したい。
 一昨年物故したフランスの中世史家ジャック・ル・ゴフは、同様の議論を中国大陸の学者と交わしたことがある。西洋社会でも中世に遡れば、君主間の交わりは「兄弟」モデルだったことが、言葉遣いからも推定される。それは帝政没落以降の外交関係とは異質の世界だった、というのがル・ゴフの説だった。
 では今日いうところの国際関係論は、どこに淵源をもつのか。イロハの復習となるが、国際法の父と呼ばれるフーゴー・フォン・グロチウス(1583‐1645)には『自由海論』(1609)がある。それはイギリスの中東法学者ジョン・セルデン(1584‐1654)『封鎖海論』(1635)との応酬からも知られるとおり、当時、公海high seaの国際的規定が未確立だったことを端的に物語る。またそもそもこうした国際法確立期の背景には、イギリス海域での漁業権問題のみならず、マラッカ海峡でポルトガル船をオランダ船が拿捕したカタリナ号係争事件(1602)なども絡まっていた。
 同時代の東アジアといえば鄭成功(1624‐1662)が台湾を本拠地に南明を建て、北からの征服王朝・清に対抗していた時代である。長崎には明の遺臣、儒学者の朱舜水(1600‐1682)が滞在し、光圀が厚遇した朱から、水戸学は大きな影響を受けた。この単純な比較からも明らかだろう。西側世界の国際法の起源が商取引や資源の利害に絡まっていたのに比べて、東アジアの冊封体制は、より儒教倫理的な華夷秩序意識に染め上げられていた。この両者の価値観の齟齬は、18世紀末の出来事となるが、1793年、北京から遥かに離れた承徳の避暑山荘に乾隆帝を謁見したマッカートニー使節が、通商条約締結に失敗した経緯からも、如実に窺えるだろう。
 近年の政治学の議論ではアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの共著『帝国』に触発されて、北京の中国社会科学院でも、Empireに対比すべき概念として「天下」が取り上げられ、前者に対する後者の理論的優位を説く「学術論文」が公刊されてきた。ここには現実政治の覇権争いが、社会科
学の次元での学説史論争に衣装替えした代理戦争の様相も兆している。そのうえで封土や土地管理に関する制度上の国際比較も問題になる。19世紀のロシアの南下に対する清朝の対応からも明らかなように、万里長城以北や沿海州の「関外」については、清朝側の領土意識はきわめて希薄であり、冊封体制の感覚は西洋的な国際関係とは酷く隔たっていた。
 山崎闇斎(1619‐1682)は、孔子や孟子が日本を軍事攻略したら、須らくこれを撃退すべしと主張した。垂加神道を唱えた皇国主義者の朱子学解釈による易姓革命否定論といえばそれまでだが、純粋理念として見ればどうか。20世紀、大日本帝国は李王家や清朝復辟を目指す愛新覚羅家に対して、五倫道徳を模した皇室外交により新東亜秩序建設を強要した。五倫の悪用に他なるまいが、濫用されうる範例には、それなりの欠陥が潜んでいる。
 国際法の理論的覇権をめぐる諍いは、この5世紀の世界史を司る基本文法の書き換えを要請している。

*『「心身/身心」と「環境」の哲学:東アジアの伝統概念の再検討とその普遍化の試み』国際日本文化研究センター第49回国際研究集会(主催:伊東貴之)2016年2月19‐21日での討論における筆者の即興発言より。







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