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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻⑯
No.3257 ・ 2016年06月04日




■後ろ髪を引かれる思いで大学へ戻るも……

 5年遅れの大学生2年の後期試験直前、たまたま「朝まで生テレビ」をみていてピースボートによる阪神・淡路大震災ボランティア募集に応じた井筒高雄だが、当初の緊急事態を脱しつつある被災現場から、4月8日、新学期が始まることもあって、大阪は泉州八尾の大学のキャンパスへと戻った。それにしても、自衛隊レンジャー上がりにとっては、なにもかもが異次元・異世界の体験だった。
 いっぽうピースボートも、ほぼ時期を同じくして引き上げることになった。長田にスタッフと業務のほとんどを投入したために、「本業」である「世界一周クルーズ」が6月の出港を前にして、ほとんど手つかずになっていたのである。これでは、せっかく築き上げてきた市民による国際交流活動がつぶれてしまう。そこで、本部の地元責任者だった吉岡達也と山本隆らは「デイリーニーズ」終刊後、「ウイクリーニーズ」に改編し、主力活動になっていたプレハブ建築支援などを、それまで協力関係にあった地元の有志が立ち上げた「すたあと長田」に引き継いで4月の頭に「撤収」することを決断した。
 これに対して、もともとピースボートの「外」から馳せ参じた石丸健作らは、「お前らは裏切り者だ、被災者を見捨てるのか、俺は絶対に見捨てない」と猛反発、「残党」としてとどまる選択をする。
 井筒は、同じガテン系として石丸たちに心情的には共感を覚えたが、退路を断ってやってきた(つとめていた運送会社を首になり、もどるところもない)石丸のように、そのまま居残る道は選ばなかった。5年遅れで大学に進んだ所期の目的である教師の道を諦めるつもりは毛頭なく、そのためにこの貴重な体験を生かしたいと自らを納得させて、後ろ髪を引かれる思いで大学へ戻った。
 そんな井筒にとって、2か月にわたるボランティア志願の意味はなんだったのか。ボランティアで汗をかいているときは、せいぜい「しんどいけどやりがいがある」だった。それは、ある意味で、自衛隊時代のレンジャー教育に似たところがあった。目の前の過酷な任務をとにかくこなす、それをクリアするとそれなりの充実感があり、終わってみると「やったぜ」という達成感が得られる。
 しかし、今から往時を振り返ると、実に大きな果実を得たと改めて思えることが多々ある。
 一つは、同じ世代に、こんな凄いやつらがいたのかという驚きと共に、多様でユニークな彼らと生涯の友になれたことである。ピースボートの吉岡達也、ジュニアこと山本隆、元暴走族の頭のマルチャンこと石丸健作、青学ボーイの梅ちゃんこと梅田隆司、そして後に伴侶となる井筒陽子などなど。
 また、被災者からは、震災という理不尽な状況に追い込まれても、めげずに立ち上がる人間のたくましさを知った。確かに震災は不幸な出来事ではあったが、それによって本来なら出会えない種類の人々と出会い、得難いことを学ぶことができ、その後の井筒の人生にとって、大いなる糧となったことは間違いなかった。
 いっぽうで、井筒自身にはその自覚はなかったが、苦楽を共にするなかで共感と教訓をもらった仲間たちに、逆に井筒も共感と教訓を与えていたのである。
 ピースボートの吉岡と山本は往時を振り返って、井筒についてこう語る。
 「僕らはある意味仕事なので、わからんなりにはやるんですけど、ボランティア志願がどんなモチベーションでやってきているのか、初めての経験なので、さっぱりわからなかった。どういう思いをもった人たちなのか、どこまでどう耐えられるかが、まったくわからない。そんな状況のなかで、ボランティア同士が滅茶苦茶もめだす。ところが井筒はセルフコントロールしながらそれを実に上手におさめる。あのワザには感心させられ、大いに学ばせてもらった。今度の東日本大震災で支援に入った石巻で、ある程度カンどころを押さえてやれたのも、神戸で井筒たちから学ばせてもらった経験のおかげです」
 さらに、井筒をふくめた若いボランティアたちは、被災者にも共感を与えた。前号で紹介した震災発災4年後に刊行された「デイリーニーズ縮刷版」に、地元の有力者で被災者の束ね役でもあった田中保三は、こんな感想を寄せている。
 「(ピースボートのボランティアたちは)我々被災者が術なく立ちすくんでいる間にも、人としてのぬくもり、やさしさ、そして若者のもつ力強さでもって焼土と化した、ガレキの神戸を東奔西走懸命に前へ前へと歩を進めていた。ピースボートが活躍した二ケ月余、多くの若者たちは人として、他者の痛み、悲しみ、苦しみを自分のものとして受けとれる感性を備えただけでも得難い体験だったろう。若者達の成長を素直に喜びたい」
 井筒がキャンパスに戻ったことで、ピースボートとの縁が切れたわけではなかった。その年の前期の授業が終わり夏休みに入った井筒は、吉岡や山本、梅田や井筒陽子から、「世界一周クルーズ」へ誘われた。その誘い文句がまたふるっていた。
 「きみには長田で培ったボランティア・スタッフの活動時間がある。それを計算すると、すべて無料ではないけれど世界一周の船旅ができる。ボランティア割引というシステムがあるから安心してね。ただし、途中合流や離脱をする場合は、飛行機代の負担は自己負担なんだけれど、船中での生活費はボランティアなので只になる、是非乗った方がいい。石丸健作も乗るよ」
 井筒は、震災ボランティア志願のときと同じように、ロクに考えないまま誘いに乗ったところ、震災支援時にはほんのちょっと顔をあわせた程度の辻元清美と船中で出会い意気投合。それが機縁で、後に辻元が出馬することになる衆議院議員選挙を手伝い、さらにそこでの経験が地方議会議員への挑戦にもつながるのだが、それについては回を改めて詳しく述べる。
 話をピースボートのクルーズに戻すと、しっかり船賃をとった参加者までも船内ボランティアとしてちゃっかり働かせるのに、井筒は半ばあきれ半ば感心しながら、あることに気づいた。
 もともと災害支援などしたことがなかったNGO団体が、いきなり阪神・淡路大震災という空前の厄災に「初デビュー」しながら大きな実績を残すことができたのはなぜか。実は、彼らピースボートが編み出した「世界一周クルーズ」というシステムの中に、災害支援にも応用できるすべてのノウハウの種が用意されていたのである。
(文中敬称略)
(つづく)







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