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評者◆秋竜山
ブッダの顔、の巻
No.3256 ・ 2016年05月28日




■ブッダの顔。おなじみである。あまりにも有名である。超がつく。それだけに誰がみても、「ブッダの顔だ」と、すぐわかるはずだ。とても、アリガタイお顔であり、お姿である。ところが、あのおぼしきブッダの顔を、「本当に信じてよいのかどうか」。そんな疑念が、突如、頭を過ぎったとしたら、どーしましょう。そんなことをいうとバチがあたるかもしれない。ブッダの顔は一〇〇パーセント間違いなくブッダの顔である。が、疑念というものは恐ろしいものである。人に歴史があるように顔にも歴史がある。よく、歴史上の人物の絵などを、別人であるなどといわれたりする。素直な人間は大いにとまどってしまうのである。ハテ? と、まよってしまう。
 島田裕巳『ブッダは実在しない』(角川新書、本体八〇〇円)では、オビに〈日本人は仏教誕生のことを何も知らない〉と、印刷されてある。そして、さらに〈ブッダは、創作された一つの観念である!〉とも。ブッダの顔が、いつ頃から、あのような、決定的なブッダとおぼしき顔になったのか知らないが、まず、最初にブッダを描いた人は誰であるのか。そして、実際に本物を目の前においてスケッチしたのかしなかったのか。そのようないきさつが記録に残されているのかいないのか。これが、ブッダの顔であると、人々は信じたのである。ブッダの顔にしみじみと涙を流す。そして私たちは、無意識に手をあわせているので、自然と手をあわせるのである。
 〈したがって、インドやアジア各国で、仏教に出会ったはずなのだが、それぞれの国では言語が違い、ブッダをさすことばも異なっていた。中国では、浮屠(フォー)、日本では釈迦、タイではサンモナコドンと呼ばれた存在が、同じ人物をさしているとは認識されていなかったのである。そもそも、そうした時代に、ブッダは人間であるとは見なされていなかった。最初、ブッダは、さまざまな民族において崇拝される多神教の神々と同一視されていた。つまり、ブッダは、ヴィシュヌ、シヴァ・オシリス、ヘルメス、メルクリウス、ノア、モーセ、トト、オーティンといった神々、ないしは神話的人物と同じものだと考えられていたのである。〉(本書より)
 そんな時、ブッダとは、このような顔をしていたと、認識されていたのだろうか。
 〈18世紀のヨーロッパ人がインドで見たものは、ブッダの寺院が打ち捨てられている光景であり、いかなる信仰も残っておらず、いにしえの伽藍の廃墟を訪れる仏教徒など、まったくいないという状況だった。仏教はインドに生まれた宗教で、一時は隆盛を極め、周辺地域に伝えられていったわけだが、しだいに衰え、12世紀にはイスラム教徒がインドに進出したことで、決定的に没落していくことになる。〉(本書より)
 エッ!! 仏教は中国のものではなかったのか。学校の試験に「中国」と書いたら×であろう。いや、それとも○かしら。中には「日本」のものだ!! なんて、いい出すものもいても不思議ではない。日本が一番ピッタリあっているように思えてきたりするものだ。
 〈サンスクリット語で「目的を成就した」を意味するシッダールタとして知られるが、生まれた時に、そうした名を与えられるのは不自然である。〉(本書より)
 いえることは、ブッダの絵をみたら手をあわせることである。







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