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評者◆殿島三紀
アイヒマン裁判を語るもうひとつの実話――ポール・アンドリュー・ウィリアムズ監督『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』
No.3253 ・ 2016年04月30日




■『エスコバル 楽園の掟』『ルーム』『さざなみ』『グランドフィナーレ』『オマールの壁』を観た。
 『エスコバル 楽園の掟』。監督・脚本はアンドレア・ディ・ステファノ。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルを描いたフランス・スペイン・ベルギー・パナマ合作作品。ベニチオ・デル・トロが演じるエスコバルは、光と闇の2つの顔、善と悪の2つの生活を持ち、南米のゴッドファーザーと称され、世界第7位の富豪にまで上り詰めた男。表では国会議員として慈善事業に携わり、裏では政府を相手にテロ活動、法務大臣を暗殺。1000人もの殺人に関与した。死後20余年にして伝説と化した男の人生を描いた作品。
 『ルーム』。原作はエマ・ドナヒューのベストセラー「部屋」。レニー・アブラハムソン監督作品。見知らぬ男に誘拐され、子どもを産まされ7年間拉致された主人公。だが、映画は拉致、監禁を猟奇的に描くのではなく、傷ついた主人公の心と事件に翻弄されたその両親の想いへと踏み込む。
 『さざなみ』。監督・脚本アンドリュー・ヘイ。結婚45年を迎える夫婦の日々に突然訪れた小さな波紋。コツコツと積み重ねてきた静かで平和な生活を覆される妻の懊悩をシャーロット・ランプリングが静謐な演技で表現する。男女によって観方がずいぶん違う映画だろう。あえてカップルで鑑賞してみることをお勧めしたい。
 『グランドフィナーレ』。パオロ・ソレンティーノ監督。ビスコンティを彷彿とさせる「これぞイタリア!」という贅沢な世界観に満ち溢れた作品である。女王陛下の招待を断った引退した老作曲家。アルプスの麓のリゾートホテルに展開されるシーンに幻惑される。マイケル・ケイン、ハーヴェイ・カイテル、ジェーン・フォンダ。俳優たちも豪華だがソレンティーノ監督のいつもながらの映像の美しさに脱帽。
 『オマールの壁』。ハニ・アブ・アサド監督。カンヌ国際映画祭をはじめ、多くの映画祭で賞讃された。前作『パラダイス・ナウ』に続き、アカデミー賞外国語映画賞にノミネート。分離壁によって囲まれたパレスチナの今を生きる若者たちを描き出した感動作だ。スタッフは全てパレスチナ人、撮影も全てパレスチナ、100%パレスチナの資本によって製作されている。
 今回紹介するのは『アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち』。強制収容所解放70周年を記念して制作された。1961年エルサレムで開廷されたアイヒマン裁判。そのTVドキュメンタリーを制作・放映したプロデューサーのミルトン・フルックマンとドキュメンタリー映画監督レオ・フルヴィッツが主人公の作品。彼らとそのスタッフが様々な苦難や妨害を乗り越えて歴史的な番組を撮影・放映するに至る過程を描いた、戦後70年を語るもう一つの実話である。
 アイヒマン裁判といえば『ハンナ・アーレント』が記憶に新しいが、彼女が「悪の凡庸」と名指したアイヒマン。その凡庸さ、無表情さは本作でも当時の実写によってイヤというほど映し出される。4ヶ月にもわたる裁判の間、映像は世界37ヶ国で放映され、ホロコースト被害者たちの衝撃的な証言は世界中の視聴者を驚かせた。それでも、アイヒマンは表情ひとつ変えず、罪状を否認し続ける(ここは実写である)。元来、無表情な人間なのか。フルヴィッツが「彼の表情を見逃すな。指先の変化をとらえろ」などと苛立ちながら指示を飛ばしてもアイヒマンは表情を変えない。悪の凡庸というより凡庸そのものだ。凡庸な人間が凡庸なりに命令を忠実に果たしたのか。つい想いはアイヒマンの心理状態に向かってしまう。被害者がアイデンティティを取り戻し、世界がこの稀有の犯罪を断罪するきっかけになった事実を容赦なくつきつけてくる作品だ。必見。
(フリーライター)







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