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評者◆かもめ通信
「誰が奪ってきたのか、誰が奪われてきたのか、ここではっきりさせておこうじゃないか」
夜、僕らは輪になって歩く
ダニエル・アラルコン著、藤井光訳
No.3253 ・ 2016年04月30日
■デビュー作「ロスト・シティ・レディオ」にはすっかり打ちのめされたから、ダニエル・アラルコンの新作が出たと聞けば、読まずにはいられまい。そう思っていそいそと本を手にした私だが、これが意外に手強かった。
舞台が長く内戦状態が続いた中南米にある架空の国である点は前作と同じだが、「ロスト・シティ・レディオ」に比べると、地理的な描写や年代的な設定が少しばかり具体的になっていて(残念ながら私にはかの地についてのそこまでの知識はないが知る人によれば)、著者が三歳まで過ごしたというペルー色が強いということになるらしい。 かつて内戦のさなかに“扇動の罪”で逮捕された人民のための演劇集団ディシエンプレの俳優兼劇作家ヘンリー。出所したヘンリーを迎えて十数年ぶりに再結成された小劇団は、昔のように山あいの町をまわる公演旅行に出発することになった。ヘンリーとその親友で劇場主兼古参団員でもあるパタラルガに、オーディションにより新たに加わった若い新人俳優ネルソンの三人。演目はかつて問題作として取りざたされた『間抜けな大統領』だった。登場人物がたった三人だけのこの劇を携えて、三人は首都を後にし、それぞれにゆかりのある田舎の町をめぐっていく。だが、彼らをそうした行動に駆り出させたのは、演劇に対する情熱だけではなかった。 叶わぬ夢、届かぬ想い、胸の痛み、喪失感。物語は冒頭からどこかもの悲しく、不吉な影をまといながら語られていく。 最初からなにかが起きたことはわかっているのだが、誰の身にどんなことが起きたのかは明らかにされていない。きっと誰かが命を落とすのだろう、だが誰が誰によって? たぶん……いやもしかすると……? 読み手はページをめくりながらやがて起きるはずの事件を想像せざるを得ない。 物語の語り手である“僕”がいったい誰で、その“事件”でどんな役割を果たすのか、終盤まで明らかにされないために読み進めれば進めるほど不安がつのっていく。 原題は“At Night We Walk in Circles”。 物語は人々の“証言”を集め、時間と場所を行きつ戻りつしながら“僕”の視点で語られていくのだが、その時々の人々の心の中をあぶり出すことができたとしても、人の心が移ろいゆくもので、変わったつもりでありながら、気がつけばまた元の位置に戻ってしまっていることもある。 果たして“事件”は、そしてその“真相”はいったいどこにあるのだろうか? と考えながらページをめくり続けると、それまで“客観的な事実”を集め続けていたかのように思われた語り手である“僕”が、登場人物の一人として物語の中に入ってくる。 この“僕”の登場によって、物語はぐるりと大きく回転する。 “僕”が語り手のみに徹しているときは、彼は取材に基づいて、頭の中であれこれストーリーを組み立てながら、登場人物達を自在に配し動かすことができた。だが“僕”自身が登場人物の一人となり、“現実”に直面することになると彼はもう相手を思い通りに動かすことができなくなってしまうのだ。 人々の、家族の、社会の、物語の、ジャーナリズムの……虚構が暴き出され、足元が大きく揺らいでいく。 「誰が奪ってきたのか、誰が奪われてきたのか、ここではっきりさせておこうじゃないか」。長い旅路の果てに突きつけられる言葉が、本を読み終えた後も私の頭の中でぐるぐると回っている。 選評:この欄の「常連」になりつつある「かもめ通信」さん。今回も安心して読めるクオリティです。書評は、長ければいいというものではありません(短すぎるのもそれはそれで問題ですが)。少ない字数でいかに「読ませる」か、口でそう言うのは簡単ですが、なかなか難しい……。 次選レビュアー:踊る猫〈『人生パンク道場』(KADOKAWA)〉、田鍋〈『世界十五大哲学』(PHP研究所)〉 |
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