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評者◆小嵐九八郎
万葉調の秀歌が多数、96歳の第一歌集
冬の蝉
山口伊満
No.3252 ・ 2016年04月23日




■去年、2015年4月に、百歳になる女性スウィマーが日本マスターズ水泳大会で1500メートルを完泳して、世界記録として認定されるはずとの記事と、その人がプールから出てくるよろしき笑みに本当に嬉しくなった。しかも、水泳を始めたのは八十歳とのこと。俺も高校時代は水泳部だったので1500メートルのしんどさは解る。よっしと、去年七十一歳の誕生日から速歩をやりだしたが、三日坊主。たぶん、この調子で、小説や短歌の編集者には迷惑をかけているのだろうと、次に、滅入った。
 ところが、帯に「96歳の第一歌集」「70歳ではじめて知った短歌のめくるめく世界」とあるので、その、女性の山口伊満さんの『冬の蝉』(書肆侃侃房、本体2000円)を捲った。
 え、おいっ、となっちまった。近頃は短歌総合誌でも滅多にお目にかかれない、おおどかで、でも引き締まったリズムの、大いなる自然を畏怖し溶けゆく万葉調の秀歌がかなりあるのだ。
 《鷺草の鷺には空の高過ぎて飛べざるままに地に墜つ挽歌》(P31)
 うーむ、万葉調に一歩踏み込んでいる。
 《木の実降る行者のみちを鳴き尽きし蟋蟀蟻に曳かれゆくなり》(P38)
 蟋蟀は、こおろぎと読むのだろうが、この世代は駄目作家より漢字を良く知っている。なんつうことより、こおろぎを人に譬えていると考えると当方みたいな自称歌人の生みたいで、胸が塞ぐ。もっとも、俺の場合は蟻さえ曳いて食ってくれないはず。
 現在は、九州は唐津の介護老人保健施設に入所中とのプロフィールだが、いわゆる社会詠も情が絡まり、かなり。
 《吾が捨てし未練なきとは嘘のうそおむつ温めし大火鉢懐し》(P102)
 酒乱であった亡き夫への怨み節は、アジテイションでは決まっていて、歌としてはどうかなと思うが、けろり、いや、切なくだろう、《一言もことば交さず南海に瞑れる人のその名恋しき》と先の戦争で失った恋の一首もある。老いに老いても歌うだけでなく書くことにも勇気をくれ、山口伊満さん、ありがとさん。もっと歌って。







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