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評者◆堀江奈津子(くまざわ書店阿久比店)
生きることへの執着が変えるものとは
蛇の道行
加藤元
No.3251 ・ 2016年04月16日




■愛知の田舎に暮らしている私は、数年前まで作家さんとお話しする機会などほとんどなかった。SNSをきっかけに書店員さんの交流会に参加するようになってご挨拶するようになった。加藤元さんとお会いした時も、失礼ながら作品をまだ拝読する前だった。他の書店員さんとお話しされている様子に、飾らずユーモアあふれるお人柄を伺うことができ、出会ってそうそうなのに「私、加藤先生好きです」と愛の告白のような発言をしたのを覚えている。お酒が入っている席とはいえ、今考えると汗顔の至りである……。しかし、加藤さんはそんな私に訝しげな顔ひとつせずお会いするたびニコニコしながらいろいろお話してくださるのである。多くの書店員さんが引きつけられるのも頷けるというものだ。
 その後作品を拝読したわけだが、細やかな人間描写の素晴らしさや読了後のほんのり温かくなる感じがあまりに自分の好みであり二度目の告白をしてしまいそうになった。残念ながら(?)最近お会いできていないので、困らせる状況には至ってはいない。
 新刊『蛇の道行』は戦後復興期のまだ混乱の残る日本からはじまる。上野で戦争未亡人ばかりを集めたバーを営むマダム青柳きわと、住み込みで働く親戚だという少年、立平。ふたりの元にきわの過去を聞いてきたという男があらわれる。
 満州で生まれ敗戦に伴い見たこともない祖国に向かった立平。道半ばで父を亡くし父の恋人と日本へたどり着く。きわは日本で終戦を迎えた。負傷して帰った夫は看護の甲斐なく亡くなり、身寄りからの便りも途絶えた。ひとりで暮らすきわの元にある母子が転がり込んでくる。そして母親の姿が見えなくなった……。
 立平ときわ、それぞれの生い立ちとふたりで一緒に過ごしている話がそれこそ蛇の交尾のように絡みながら進んでいく。ふたりの関係はなんなのだ。ただの親戚なのか。それとも……。ぬるぬると絡み合った蛇のように解けないもつれにもどかしい思いを抱きつつ、戦中戦後を逞しく生き抜く登場人物たちから目が離せなくなってしまった。そして……、ここからはやはり話せないのでぜひ手にとっていただきたい。
 読み終わったあと思ったのは、戦争がひとを変えてしまうというのはよく聞く話だが、はたしてそうなのだろうかということであった。生きるためにひとは変わるというのが正しいのではないかと。戦争が残酷であるのは事実だと思う。ただ、戦争ではなくても厳しい環境に立たされればひとは変わる。
 いや、心の檻が壊れやすくなり虎が放たれやすくなってしまうのだろうか。一瞬汚れてでも生きようとするのは悪なのだろうかと考えてしまい、かぶりを振る。
 「―罪を憎んで、汚れないで生きていける人間は、それだけで運がいい」
 自分は、そして今の世の中は運がいいのかもしれない。テレビやネットで流れる犯罪に対し、嫌悪を表明できる。ただ、この先世の中どうなっていくのか、何が私の身におこるかなんてわからない。運がよかった、という過去の言葉になってしまうことがこの先あってほしくない。心の虎を放たぬよう、檻を強くしなければならないのだ。
 今までの作品以上に凄みを感じた今作。加藤さんと次回お会いした時に「好きです!」と飛びかかってしまわぬよう、心の檻を強くしなくてはと感じている。







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