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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻⑫
No.3249 ・ 2016年04月02日




■「阪神・淡路」で被災地支援体制をつくる

 阪神・淡路大震災でももっとも被害が甚大だった神戸市長田地区へピースボートのボランティアとして入った井筒高雄だが、早々に発揮したのは、期待されていたガテン系の能力よりも、受け入れ側の総責任者である吉岡達也にとっても意外な「組織統括力」であった。
 ボランティアや救援物資の「窓口業務」は、井筒陽子ら東京の本部専従スタッフが中心になって担当。志願者を集めては説明会を開き、あらかじめ注意事項を理解してもらった上で「長期」と「短期」にグループわけして送り出し、また物資については、時々現地に赴いて状況を確認しては必要なものを東京で調達していた。それでも東京と現場の神戸・長田との間では行き違いが生じていた。
 そんななか、これまでにない大量の人と物が届くことになった。数百台の自転車と数百人のボランティアが、フェリーに乗せられて東京から送り込まれてくるというのだ。自転車は、ピースボートが率先してはじめた被災者向け日刊ニュース『デイリーニーズ』を長田地区の被災地全域に配布するため、井筒陽子たちが廃棄処分される運命にあった中古を東京の事務所のある高田馬場周辺の自治体と掛け合って、無償で払い下げてもらったものだった(なお、日刊ニュース『デイリーニーズ』は、ピースボートが長田の被災地支援から編み出した歴史的なシステムだが、これについては回を改めて詳しくふれる)。また、フェリーは世界一周クルーズを企画運営するネットワークを通じて、沖縄の船会社から無料で借り受けたものだった。
 ちょうど井筒が被災地に入ったときは、そんなことでピースボートとしては、震災支援をはじめて以来最大級の事案をどうさばいたらいいか、現場はてんやわんやの状態にあった。そこで、はからずも新米ほやほやの井筒が、いきなり総責任者の吉岡と現場の責任者の山本隆をサポートしながら受け入れ体制づくりを手伝うことになったのである。
 井筒は自衛隊時代、レンジャー訓練のなかでも、また普通科連隊勤務になってからも、多いときでは100名、少なくても30名ていどの小隊組織を動かす訓練と経験をつんでいたので、大量の人と物をさばくのにはそれなりにノウハウもあり自信もあった。
 まずは、受け皿側とボランティア志願の両方の状況・状態を勘案しての枠組みつくり、班体制づくりである。井筒が入るまでにも体制はあるにはあったが、きちんと合理的に確立されていたわけではない。そこでそれまでの活動を踏まえて、本部班、日刊ニュースの作成班、それを配布するポスティング班、高齢者の話をただひたすら聞く班、子供たちと遊ぶ班、物流班、避難所にて活動する班、商業再開支援班、ガテン班などにカテゴリーわけをし、それぞれの班には10名ほどを配置してリーダーが決められた。
 これには、自衛隊時代に体験した埼玉・朝霞市の集中豪雨による黒目川の水害(1991年)での災害派遣任務が参考になった。事前にレンジャーと消防の部隊員が被災地域に入って情報を収集、それをもとに支援体制を組み立てるのだが、そのノウハウがまさかこんなところで役に立つとは井筒自身も思ってもみなかった。
 しかし、そこから先は、自衛隊では未体験の課題が待っていた。ボランティア活動の場合は班編成を整えただけで「任務完了」とはいかない。少なくとも自衛隊員には一定程度平準化されたスキルと動機(士気)と任務期間があるが、ボランティアは、スキルも動機(思い)も志願期間も様々である。それを勘案しながら、どの班にどう組み入れるのか。ここが思案と工夫のしどころだった。
 井筒も事前に森ノ宮で説明を受けたように、ボランティア志願は大きく「長期」と「短期」に分けられる。そのうち「長期」は1週間という期限を決めて、問題がなければそれを逐次更新していくことにした。それくらいなら最初から最後まで「全力疾走」してもなんとか持つ、つまり「燃え尽き症候群」を予防するためである。
 いっぽうで「有休をとって来た、3日でもいいですか」という「短期」も受け入れたが、「長期」と「短期」を一つの班に半分ずつ組み合わせ、班の活動が機能不全に陥らないように工夫した。
 その上で、「長期」にも「短期」にも、「3日間ルール」が適用された。ピースボート側が決めた配置に3日間はだまって従ってもらい、どうしても自分に不向きだと思ったらリーダーを通じて申し出れば班替えに応じるというものだ。
 井筒もしばしば目撃したが、自分が思い描いていた活動と違うからといって途中でプイと消えてしまう人がいる。そんな「戦線離脱」を食い止めるために、そしてボランティアとは志願者の一方的な想いを満足させるものではなく、あくまでも被災者に寄り添うのが主眼であることを理解してもらうためであった。
 こうした組織体制の創意と工夫は、まさにスキルも動機も期間も様々なボランティアをできる限り受け入れながら、被災者にも寄り添える道を模索した結果であった。前回も記したが、当時の被災現場では多くの既成災害救援団体は、自らの体制にあわせてボランティアを受け入れていた。その結果、多様な志願者たちは行き場を失って「難民化」。それに対して、「来る者は拒まず」という当たり前の原則を貫いたのがピースボートだった。
 吉岡は往時のことをこう振り返る。
 「とにかく来る者は拒まず――これは1983年に世界一周クルーズに挑戦したときからのピースボートの一貫した精神です。それが神戸の長田でも発揮された。若い人たちこそ社会に対してなにかやりたいと一番思っている人間ですから、僕らはそれを受けとめたわけですが、当の社会のほうにそれを受け入れるシステムがなかった。ほんとうに日本の社会はボランティアに優しくないし、ボランティアを信頼しない」
 その上で吉岡は、「このあいだの東北の震災のときでさえ、石巻でとことん受け入れたのはうちぐらいですよ。社会は阪神・淡路からいまだに大して変わっていない」と指摘する。
 井筒も吉岡をサポートするなかで、同じ思いをいやというほど味わった。そして、それは井筒高雄を社会活動家にめざめさせるきっかけともなったのだった。
(文中敬称略)
(つづく)







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