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評者◆稲賀繁美
制度の綻び目・通説の自堕落を追撃する「海賊史観」――竹村民郎著作集完結記念論文集刊行によせて
No.3247 ・ 2016年03月19日




■『大正文化』『廃娼運動』などの著作で知られる経済史家、社会史家、竹村民郎氏の著作集全5巻が昨年完結した。それを受けて『竹村民郎著作集完結記念論集』が刊行された。大正時代といっても、もはや体験者は稀であり、若い世代には実感も涌くまい。竹村には『独占と兵器生産』(1970・勁草書房)がある。日露戦争後、第一次世界大戦を経験する世界の帝国主義体制は、産軍複合体の確立と軌を一にしている。日本の大陸進出・植民地経営も、「資本の自己増殖」が自己目的化するこの世界システムのメカニズム(磯前順一)への、極東からの遅延した参入として理解される。竹村はいち早く遼東半島先端の港湾都市、満洲への入り口たる新興都市・大連(稲賀繁美)における廃娼運動に着目した(西原和海、藤永壯)。実際そこには、帝国日本の社会問題が、租借地ならではの密度で集約されていた。
 社会秩序の裏側に隠され、理不尽な不利益を被った民に寄り添う姿勢は、初期の竹村から一貫している。それを広義の「海賊」という範疇で捉えたい。欧州大戦特需で躍進した造船業のみならず、半島や大陸の経営もまた、海洋帝国・日本の実態と表裏をなす(玉木俊明)。欧米列強に伍す地位向上とは、非白人国家の躍進と言うに留まらない。外では「国際協調」に割り込む「海賊」性が「黄禍」呼ばわりを招く。内でも労働争議の頻発が「労働者」という階級意識の覚醒を誘う。第一次世界大戦終結はドイツやロシアでの絶対王政転覆と裏腹だった。権力簒奪と革命への危機感を背景として、関東大震災直後、内務官憲により「朝鮮人騒擾」謀議が工作された。従来白眼視されてきた植民地官僚の生態解剖なくして、虐殺の実態は立体視できない(松田利彦)。「不逞鮮人」や満蒙の「馬賊」といった「陸の海賊」を捏造・演出することで、いかに民衆を国体なる虚偽意識へと誘導するか。そこに、グラムシを横目にして竹村が長年提唱してきた「天皇制サンディカリズム」解明の鍵もある(影浦順子、林淳)。主体なき「戦争マシーン」には、「陽明学」の思想と、安岡正篤なる実態不明の「黒幕」も「トリモチ」よろしく付着する(鈴木貞美・大谷敏夫・斉藤成也・伊東貴之)。
 「在野精神」(伊藤晃・林正子)と中央権力との関係は、竹村の学究としての生涯の経糸をなす。漱石晩年の「遊民」(小松史生子)意識の帰趨を活写した『大正文化』(1980)はそれ自体、講座派マルクス主義主流史観から見れば「正体不明の雑音」にして「危険なスキャンダル」(小島亮)だった。浅草の遊興や田端文士村の生態に肉薄する一方(荒井良雄、近藤富枝)、ハワードの田園都市の日本版を阪神間モダニズムに見いだし(前川洋一郎、高木博志)、宝塚歌劇を熱愛する竹村(細川周平)。その「生活へのまなざし」(原宏一)は、教条的マルクス主義者の視野狭窄とは無縁の「遊び」(瀧井一博)に溢れている。「遊び」marginからは、緯糸としての裏ネ
ットワークが八方に育つ。その「無政府主義」的なまでの「雑草性」(吉田優貴)は、若き日の竹村が携わった『職場の歴史』や「木曜会記録」(宮本又郎)にも横溢し、人民でも大衆でもないmultitudeの生き様(水嶋一憲)の、いまや貴重な歴史史料として賦活する。さらに「民主主義科学者協会」や「地団研」の実相(金子務)、『歴史評論』編集をめぐる確執。それは「マルクス主義唯物史観」が「歴史家の阿片」(長田俊樹)であったことをも浮き彫りにする。「隠微な口伝」に留まらぬ、学術史の暗部に迫る真摯な同時代証言としても「あじわい深い」(井上章一)。
 サルディーニャでグラムシの故郷を思い、瀬戸内は因島で遥か諫早の天草四郎を想う竹村。「覇道」的主流迎合を峻拒するその自在で洒脱な「王道」精神(関智英)に、あえて「海賊」の称号を授けたい。秩序の矛盾に風穴を開け(多田伊織)、女性の声や聾唖者の身体に同調しつつ、史料の山と格闘する姿勢(田坂和美)。職工の潰れた爪と手の皺に階級意識の発芽をみる洞察(『職場の歴史』あとがき)。そこに、交錯する既成秩序の空白地帯を狙い撃ちする竹村流「海賊史観」の見識がある。「海賊」こそは、産軍複合体制の表裏を往還する「二重存在」doppelgangerの謂だったのだから。

*『竹村民郎著作集』全5巻、『竹村民郎著作集完結記念論集』三元社編集部編、2015年。







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