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評者◆西村仁志(ジュンク堂書店新潟店)
人間は歴史から何も学んでいない
片手の郵便配達人
グードルン・パウゼヴァング著、高田ゆみ子訳
No.3246 ・ 2016年03月12日




■昨年、2015年は戦後70年という節目の年で大きな話題となった。今現在も我々日本人はあの戦争についての様々な解釈や意見の違いに常に頭を悩ませている。
 ご存知のように日本は当時ドイツと同盟関係にあった。そのドイツが1939年、ポーランドに侵攻したことにより第二次世界大戦は始まったのであった。本書は、その終盤である1944年8月から1945年5月のドイツ内陸部の山村地域に暮らす市井の人々を描いた物語である。
 ヨハン・ポルトナーは十七歳、入隊直後に間に合わせの訓練を受けて前線に送られ、二日目に榴弾の破片で左手を失ってしまう。これがきっかけで除隊となり、故郷の山あいの村へ帰り郵便配達人として働くことになる。隣接し合う七つの村へ重い郵便物を運ぶ日々。前線から離れたこの地方の人々は、戦争の不安を抱えながらも長閑な暮らしを営んでおり、どの村の人々もヨハンの顔を見ると温かく迎え入れる。まるで戦争しているのはどこか遠い別の国の出来事のようだ。しかし時には、「黒い手紙」と呼ばれる近親者の戦死通知もヨハンは届けなければならず、受け取る人の悲しみを一身に引き受けることもある。それでも彼はこの仕事を愛していた。
 戦況の悪化に伴い徐々に人々の不安も大きくなっていく。ある日ヨハンは、両親のいる町を目指して旅をするイルメラという女性と知り合う。助産師をしている彼女は語る、「助産師はすばらしい仕事よ。生命に関われるから」、「これからはいい時代が来る。私が取りあげた男の子たちは、もうけっして戦争に行かなくてすむ。戦争を経験した世代がそうしなくちゃ。その人たちが生きているかぎり――」。死の手紙を運ぶヨハンと、生に携わるイルメラ。対蹠的な二人はやがて恋仲となるも、再会を約束してイルメラは旅に戻る。敗戦を迎え、ヨハンもイルメラの後を追うが、物語は予想外の急展開によって幕を閉じることとなる。
 結論から言うと、ハッピーエンドではない。終始戦争の不安に貫かれつつも、恋を経て一見明るい未来を予感させる。ところが最後に読者は徹底的に突き放されることになり、改めて誰も逃れ得ない戦争の悲惨さをまざまざと思い知らされるのだ。先に引いたイルメラの言葉にヨハンがこう続ける。「先の戦争から二十年と数ヶ月しかたっていない。人間は歴史から何も学んでいない。人類が自滅するまでそう時間はかからないかもしれない」。果たして、我々は学んできただろうか。この作品はフィクションだが、限りなくノンフィクションに近かろうと思う。十七歳で終戦を経験した著者は、戦争を知らない若い世代に向けて作品を書き続けているという。当時を知る人も歳を重ね、戦争の生の声を聴くことができる機会も年々減ってきている今、とても意義深い一冊と言えよう。







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