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評者◆殿島三紀
それでも汚染された地に生きる――井上淳一監督『大地を受け継ぐ』
No.3244 ・ 2016年02月27日




■『千年医師物語』『殺されたミンジュ』『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』『大地を受け継ぐ』などを観た。
 『千年医師物語』。フィリップ・シュテルツェル監督作品。ノア・ゴードンの壮大な三部作「千年医師物語」の第1部「ペルシアの彼方へ」が原作である。そのタイムスパンはなんと10世紀にも及び、本作は11世紀のイングランドとペルシアを舞台にしている。先進国ペルシアと原始的なイングランドという対比が面白い。
 『殺されたミンジュ』。鬼才キム・ギドク監督の長編第20作目となる作品だ。ミンジュという名の女子高生が何者かに追跡され、夜のソウルを必死に逃げる。力尽きた彼女は殺され、事件は闇に葬り去られる。1年後、彼女の死の真相を追いかける謎の集団が活動を開始するが……。ミンジュを漢字で書けば民主。民主主義の死とも読み取れる寓意的な作品である。
 『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』。ジル・シメントのロングセラー小説「眺めのいい部屋売ります」が原作。NYのドタバタした不動産探しがやがてウォーム@ハートな夫婦愛のお話に。ダイアン・キートンとモーガン・フリーマンという異色の組み合わせに注目だ。リチャード・ロンクレイン監督作品。
 今回紹介するのは『大地を受け継ぐ』。井上淳一監督作品。2015年5月、福島県須賀川市で農業を営む一軒の家に11人の学生たちが訪ねた一日を記録したドキュメンタリー映画である。4年前の2011年3月24日、福島原発から約65km離れた場所にあるその農家で、ひとりの男性が庭の樹木に首をくくって死んだ。
 「父を探しに庭へ出た時、最初、父は庭に立っていると思った……」。息子の樽川和也氏は16歳から23歳までの若者を前に訥々と語る。父親が亡くなったのは原発事故を受けて地元の農業団体から農作物出荷停止のファックスが届いた翌朝のことだ。父の遺した言葉は「お前に農業を勧めたのは間違っていたかもしれない」だった。
 それから4年経った今、息子は母と二人、同じ場所で農業を続けている。福島の米や野菜は今までの値段では売れず、農業だけで生きていくことは難しい。だが、亡くなった父や先祖が受け継いできた土地を棄てることはできないと、母子は耕し続ける。「福島県はどこよりもしっかり検査をしている」と言いつつも、放射能に汚染された土地で育てた作物を流通させることに罪悪感はつきまとう。生産者ゆえの罪の意識と代々受け継いできた土地への思いの狭間で和也さんは苦悩する。
 東京電力は事故によって売上が減少した差額を賠償として支払う。つまり、出荷したけれど事故のせいで売れなかったという「実績」を作らないと賠償金は支払われない。自分自身の判断で出荷しなかった分については賠償されないのである。賠償のため、そして、生きていくために樽川さん母子は汚染された土地で作物を作り続けなければならない。
 淡々と語る和也さんがただ一度言葉を荒げたのは、高市早苗衆院議員の「原発事故によって死者が出ている状況はない」という発言に触れた時だ。絶望して自死した父の姿を目の当たりにした和也さんは、その無神経さに激昂する。東京電力、国の冷淡さに今またあらためて胸塞ぐ思いである。
 本作を企画したのは、4千人の原告団を抱える「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟弁護団の事務局長を務める馬奈木厳太郎弁護士。11人の学生たちの引率者・インタビュアーとして本作にも登場している。
 樽川さん母子のこの言葉と心の奥に沈殿した思いが若い人たちにどう響いたか。そして、持続する志として息づいていくのか。それはわからない。だが、観客として本作に向かった時、自分もまた無垢ではあるが無知な若者と同じであることを認めざるを得なかった。
(フリーライター)







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