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評者◆引用書店
生物学の未来を拓く量子生物学
量子力学で生命の謎を解く――量子生物学への招待
ジム・アル=カリーリ/ジョンジョー・マクファデン著、水谷淳訳
No.3244 ・ 2016年02月27日




■あなたが今みているモノを分解していくと、例外なく量子力学の世界に辿り着きます。全ての物質は原子や電子や陽子や中性子といった微小な粒子でできていて、光や音などのエネルギーは波動として伝わります。「量子トンネル」と呼ばれるプロセスで水素原子核が「壁をすり抜ける」動きをすることで、太陽は輝くことができるのです。
 では、今モノを見ているあなた自身、ヒトや動物を量子力学の世界で考えたら、どんな動きをしているのでしょうか? 気になったことありませんか?
 わたしたち自身は壁をすり抜けることはできませんが、体内で「量子トンネル」のような量子単位の反応が繰り広げられているとしたら。この疑問に、最新の量子生物学の成果をもとにしてこたえてくれるのが本著『量子力学で生命の謎を解く』です。

量子生物学という学問

生物学は詰まるところ応用化学の一つで、科学は応用物理学の一つだ。だから、われわれもほかの生き物も含めすべての物体は、おおもとまでさかのぼれば単なる物理なのではないのか?

 生物学の分野で仕事をしていて、自分がやっていることの科学性をふと考えるときがあります。すると必ずこの引用が示唆する結論に行き着きます。つまり、まず生物学は化学の一部で、化学は物理学の一部という図式がみえてきて、それだけなら何でもないのですが、どうも物理学↓化学↓生物学の順で科学性が薄まっている気がしてくるのです。
 イギリスの理論物理学者スティーブン・ホーキングは、医学・生物学を大学で専攻しようか迷ったときに「生物学は出来の悪い学生がいくところだ」という当時の風潮があったために生物学の道に進まなかったと著書で書いています。「21世紀はバイオテクノロジーの時代だ」と一部では声高にいわれていますが、少なくとも30代前半の私が専攻を決めるときは「理系なのに計算が苦手なヤツ」が生物専攻に流れ込んでいた印象があります。
 誤解してほしくないのは、生物学が劣っている、科学ではないと断言しているわけではありません。しかし、バイオベンチャー特有の高い不確実性が物理学に基づくコンピュータ産業ほど科学が厳密ではないことに起因するのは確かでしょう。この文脈に限定していえば、生物学が真の科学性を取り戻すためには、科学の根本である物理の原理で考える必要があります。生物を化学反応としてとらえるのは常套手段ですが、原子の相互作用として考えることも必須でしょう。量子力学は微小スケールだから生命にとって重要な問題じゃないんだといって物理学を敬遠していては生物学に未来はないと、切に思います。

遺伝子は量子力学で説明可能か

エルヴィン・シュレーディンガーが予測したとおり、これまで生きてきたすべての微生物や植物や動物の持つ古典的な構造や機能は、量子的な遺伝子によってコードされている。(中略)遺伝子はあまりにも小さすぎて、必然的に量子の法則の影響を受ける。(中略)その一方、進化に欠かせない遺伝情報の複製の非忠実性、すなわち突然変異に、量子力学が直接的で重要な役割を果たしているかどうかは、まだ明らかになってはいない。

 本著で最も重要な結論は何か、といったらこれでしょう。
 シュレーディンガーが1944年の著書『生命とは何か』で述べた説を回収するというコンセプトで、本著の中盤は展開されています。突然変異については量子力学が重要な役割を果たしているか明らかでないとありますが、一部では量子力学で説明できる変異もあることが紹介されています。2011年アメリカの研究グループが、陽子が互変異性体の位置にある間違った核酸塩基対は、DNAポリメラーゼの活性部位にはまり込んで、それが新たに複製されたDNAに組み込まれることで突然変異を引き起こすことを証明したという記載です。

ノーベル賞を受賞した物理学者リチャード・ファインマンは、「作ることができないものは理解したことにならない」と主張したという。

 いずれ来るかどうかも分かりませんが、量子力学の観点も含めて遺伝子の全てを理解した瞬間から、われわれ人間が結果論ではなく意図的にコントロールして生命を司る時代が始まるのかもしれません。

まとめ

 遺伝子については重要ですが小難しいことも書かれています。ですが、イヌやハエの嗅覚が微量な有機化学物質を感知できるしくみだとか、渡り鳥が世代を超えて飛ぶ方向を知っている謎だとか、分かりやすい解説もあります。ヒトでも炭素―水素結合の水素を重水素に入れ替えただけで分子の違いを嗅ぎ分けられるといった事例をはじめ、嗅覚の章はなかなか刺激的でした。


■選評:先日の、重力波が初めて観測されたという報道にも「なんだかSFみたいね」程度のどうしようもない反応しかできなかったダメダメ文系人間でも興味をもって読める書評でした。







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