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評者◆西村仁志(ジュンク堂書店新潟店)
「読まずに読む」試みに驚嘆
『罪と罰』を読まない
岸本佐知子、三浦しをん、吉田篤弘、吉田浩美著
No.3242 ・ 2016年02月13日




■出し抜けに序文から引用してみる。「幸か不幸か、世界的名作と呼ばれる小説はこの世に数えきれぬほどあり、「さてあなたは、いったいそのうち何作を読みましたか」という質問こそ、小説に携わる者が最もおそれている質問である」。ここでの「小説に携わる者」とは、岸本佐知子、三浦しをん、クラフト・エヴィング商會の吉田篤弘、浩美夫妻の4人のことである。なんとこの4人、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んだことがないという。それだけでも充分に驚くべきことだが、そんな4人が『罪と罰』を「読まずに」「内容を推しはかる」、即ち「読まずに読む」読書会を行おうというのだ。実は私も『罪と罰』を読んだことがない。自らも「小説に携わる」職業柄、共感を覚えて本書を開くに至った。
 さて、ではどのようにして『罪と罰』を読まずに、『罪と罰』について語り合おうというのか。唯一与えられるのは、岸本佐知子さんによる『罪と罰』の英訳本の最初と最後のページの翻訳である。これを手がかりとして、物語全体を推理していこうというのだ。
 半ばなしくずし的に始まる未読の座談会は、談笑を交えながらテンポよく進む。所々で、邦訳版の文庫から4人で適当に指定した頁を立会人に朗読してもらいヒントとする。そこで繰り広げられる推理の当否はさておき、文脈を失った断片的な文章が、「読まずに読む」という試みによってかくも多彩な顔を見せ、なおかつこうまで様々な読みの可能性を生み出せるのかということに驚嘆する。と同時にあまりに突拍子もない話に腹を抱えるところも少なくないけれど。ところがこの座談会にも次第に暗雲が立ち込める。なにしろ『罪と罰』は邦訳の文庫で1000頁近くもある代物だ。断片的な情報ばかりが増え、様々な説に留保を置きながら進むため、数々の疑問が解決されないまま残ってしまう。「……やっぱり読むことにしましょう」と、4人は『罪と罰』を読むことを決意し、読了して再度座談会を開くこととなる。
 ここで、『罪と罰』を読んだことのない読者は本書を一度閉じて、4人同様これを読んでみると一層楽しめると思う。勿論読んでいる時間がないという忙しい(?)読者のためにも、本書は『罪と罰』の登場人物解説とあらすじが付されているから安心だ。
 読後の座談会は、喉に刺さった小骨が取れたかのように、4人が益々生き生きと語り合う。未読時の推理と照らし合わせ疑問を解消していくと同時に、『罪と罰』の魅力を各々の言葉で存分に語って聞かせてくれる。
 冒頭に引いた吉田篤弘さんの序文の最後にこうある。「……この奇妙な読書会が、ほんの少しでも、「小説」というものの奥深さに触れられたらと思う」と。充分に触れられていると思った。そしてそれは『罪と罰』という奥深い世界的名作だからこそ可能になったのだとも。
 かくして、心躍りしながら私は『罪と罰』を買いに行くのであった。







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