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評者◆秋竜山
ユーモアという文字は特別だ、の巻
No.3242 ・ 2016年02月13日




■外山滋比古『ユーモアのレッスン』(中公新書、本体七四〇円)。初版は古い。以来面白がって読んだ。時がたっても、忘れた頃に書店に並ぶから、そのつど砂とうにむらがるアリのように飛びついて笑う。カタカナ文化に弱いわけではないが、ユーモアという文字は特別だ。ユーモアとつくものはなんでも好きだ。
 〈フランス語から入ったとしている辞書もありますが、やはり英語のhumourから入ったことばでしょう。坪内逍遙が一九〇一年(明治三十四年)に“ユーモア”を使っています。逍遙がフランス語によったとは考えにくいでしょう。やはり、もとは英語ですね〉〈ユーモアとは何か、を学問的厳密さをもって論じることは不可能に近く、フランスの英文学者で、「イギリス・ユーモアの発達」という大著を書いた〔ルイ・〕カザミアンは……「なぜユーモアは定義できないか」という論文を発表しているほどである。さじをなげながらも、「ユーモアは単なる笑い、滑稽、ひょうきんとは違うもので、そこに“ペーソス(哀しみ)”の要素が混じる、複雑できわめて矛盾に満ちたものである。……ユーモアは感情的なものであり、矛盾や不条理を論理ではなく直観と常識で処理しようとする生活の知恵である」と定義を出しています〉(本書より)
 ユーモアとはユーモア的な笑いということになるのだろうか。ユーモアといえば反射的にエスプリが浮かぶ。ユーモアとエスプリの違いなどといいだすと、リクツっぽくなり笑いから素直さが消える。笑いといえば、やっぱりゲラゲラ笑いだろう。そして、「ユーモア」とか「エスプリ」とならべて、「ゲラゲラ」とでもしたらどーだろうか。〈ユーモアはすべての人に通じるコミュニケーションではなくて、わけ知りの人にのみ通じる伝達ということになります〉と本書で述べられている。
 〈秋深きとなりは小便ながき人(よみ人知らず)という句があります。秋深きとなりは…とくれば、いくらかでも常識のある人なら、―秋深き隣りは何をする人ぞ、芭蕉―を思いうかべるでしょう。〉(本書より)
 そのパロディであることはすぐわかる。素直に笑えてくる。秋の夜長に小便ながきもなんとも日本的な情緒である。これが、日本人だから絵になるのであって、もし外国人であったら、秋の夜長も小便も生きてこないだろう。日本人という、いとおしさがなくては、笑えてこないだろう。これぞ、まさに日本的笑いである。〈秋深き隣りは何をする人ぞ、芭蕉〉も、日本の秋そのものである。秋の夜長と秋の静けさがただよっている。きっと、隣りの住人も、俺が考えているようなことを考えているのだろうと、思えてくる。そして、ユーモアといったら、やっぱりなんといってもスピーチということになるだろう。スピーチと聞いただけでユーモアがただよう。
 〈もとから日本にはスピーチというものがなかった。外国のスピーチに当ることばもなかった。福澤諭吉は苦心して、これに“演説”という訳語をくっつけた、といわれる。〉(本書より)
 「スピーチとスカートは短いほどいい」というのが有名である。「スピーチもスカートもなければいい」というのもある。「スピーチは四コママンガでお願いしたい」というのもある。







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