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評者◆かもめ通信
ページの合間でおぼれそう
嵐
ル・クレジオ著、中地義和訳
No.3240 ・ 2016年01月30日
■実を言うとル・クレジオの作品を読むのはこれが初めて。それどころか、この本を読む前に、私がこの作家について知っていたことといったら、かつてノーベル文学賞を受賞したフランス語作家であるということと、「俳優か?」と思うような端整な顔立ちの男性だということぐらいだった。
そんな私がなぜこの本を手にしたかというと、深い海の色を思わせる青地に銀色の文字が浮かび上がる装丁に惹かれて手を伸ばしてみたところ、『ストーナー』や『さびしい宝石』、『孤児列車』といった派手さはないが、しみじみと心にしみてくる様な味わい深い作品を多く送り出している“作品社”という出版社の新刊だったからという理由に他ならなかった。 ところが読み始めてみると、もう最初の数ページで、すっかり作者の術中にはまったようで、海のさざめきと風のざわめきに心を揺さぶられ寂しくて、人恋しくて、たまらなくなった。そのくせたった一人で、この世界にどっぷりと浸ってしまいたいと思ってしまうのだ。 韓国南部の小島を舞台に、過去を引きずる初老の男と、早く大人になって母とその恋人の住む家から遠ざかりたいと願う少女との交わりを描いた「嵐」。アイデンティティーを奪われた娘が、舞台をガーナからパリへと変えながらさまよい続ける「わたしは誰?」。 2つの中編小説は、それぞれ全く別の物語で、味わいも明らかに異なるのだが、どちらの作品にも、孤独にさいなまれる若い女性が登場する。よせてはかえす波のように、少しずつ形を変えながら、繰り返し描きだされる女性たちの寂しさはその繊細なタッチからとても高齢の男性が描いたものとは思えない。 けれどもそれはもしかすると、読み手である私が女だから思うことで、あるいは世の中の男性たちも皆、心の中に、抱えきれないほどの寂しさを隠し持っているのかもしれない。そんなことをふと思いながら、行間から確かに聞こえてくる波音にじっと耳をすませる。 選評:あるころまでは本の「ジャケ買い」は当たり前だった。また、どんな本だかまったく知らないけれど、「ここが出すものなら間違いないだろう」と思える出版社がいくつもあった。いまとなっては懐かしい感覚なのだろうか。今回のレビュアーさんは、それを経験したようだ(しかもクレジオで!)。本を読む、あるいは買うときに自分の「カン」は大切です。 次選レビュアー:はなとゆめ+猫の本棚〈『私にふさわしいホテル』(新潮社)〉、ふらりん〈『杉原千畝と命のビザ』(汐文社)〉 |
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