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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻⑧
No.3239 ・ 2016年01月23日




■ブラック企業化する自衛隊

 井筒高雄にとって、1993年のPKO協力法の成立をきっかけに自衛隊を辞めたことと、今回の安保法制とはどういう文脈でつながっているのか。二十余年の時の流れのなかで、改めて往時はどう見えているのだろうか。
 今の井筒からすると、若いだけあって、自らの“周辺事態”だけを近視眼的に見ていたきらいがあった。これまで説明したように、退職の理由は、一つは「今後の自衛隊人生」と「海外派兵で犬死するリスク」を天秤にかけるとどう考えても割にあわない。それに加えて、防大さえ出ていればキャリアアップできる、裏をかえせば井筒のような「叩き上げ組」はあらかじめ将来が決められていることの理不尽さだった。いずれにせよ「個人的な関心」が中心にあったが、それは20歳をすぎたばかりで、自衛隊以外の世界を知らなかったことからいたしかたなかった。
 だが、今なら当時は見えなかった「もっとも重要なもの」がはっきりと見える。それは、PKO協力法案でかつて井筒のいた自衛隊は大きな「曲がり角」を曲がったということだ。自衛隊に入隊すると「服務の宣誓」をする。現行憲法と法令に基づいて――つまりあくまでも「専守防衛」の枠組みの中で任務遂行のために命を差し出すことで国民の負託に応えるという大前提が、1993年のPKO協力法で大きく揺らぎ、それが今回の安保法制によって完全にくつがえったのである。その強力なテコとなったのは、いうまでもなく集団的自衛権を「合憲」と解釈したことであった。
 1993年のPKO協力法の時ですら、井筒の周辺では自衛隊は憲法に守られているから戦場に行かされることは絶対にないという空気が濃厚だった。井筒は当時「ヤバイ」と直感して退職を決意した“先駆者”だったが、そんな井筒をもってしても、よもやそれからわずか22年後に、「専守防衛の申し子」のはずの自衛隊が「曲がり角」を曲がって一気にここまで「戦争ができる軍隊」へと暴走するとは思ってもみなかった。当時その「歯止め」とされた(実はそうではないことは前々回で指摘した)「PKO五原則」がさらになしくずしにされたのがその証左だった。井筒にいわせると「暴走のポイント」は以下のとおりである。
 ①集団的自衛権を認める――「アメリカのために戦い、先制攻撃して敵を殺してもいい」
 ②自衛隊の活動範囲や、使用できる武器を拡大できる――「拳銃や小銃よりも、より殺傷能力の高い武器で敵を殺せる」
 ③有事の際には海外へ自衛隊を派遣するまでの国会議論の時間を短縮することができる――「首相の判断で海外派兵が短時間でやりやすくなる」
 ④在外邦人の救出や、米艦の防護を可能とする――「より過激で危険な戦闘地域に入って交戦することになる」
 ⑤武器の使用時の基準を緩和させる――「上司の命令ですぐに武器を使って攻撃して殺してもよい」
 ⑥上官の命令にそむいた場合の処罰規定を追加――「処罰の重い懲役、または禁固刑となり、また自衛隊を辞めにくくなる」(井筒高雄『自衛隊はみんなを愛してる』青志社より)
 これによって井筒の後輩の自衛隊員のリスクとストレスがいっそう高まることになった。
 往時のPKO協力法の議論を振り返って、井筒がもっと危惧するのは、自衛隊員のリスクが確実に高まっているのに、政治の側に海外で自衛隊を運用することへのリスクテイクの意識が相変わらずないことだ。22年前に井筒が退職を決意したときと何にも変わってない。いやむしろ劣化・悪化している。隊員の死亡リスクが高まるのは誰の目にも明らかなのに、それに対する慈悲の心もない。隊員の死は家族が路頭に迷うことに直結するかもしれないのに、それに寄り添う政治のアプローチがみじんも感じられない。
 なかでももっとも気がかりなのは、先に6つあげた「暴走のポイント」のうちの〓6の「処罰規定の追加」である。
 往時は井筒自身が実行したように、最後の手段として「依願退職」という「自衛の道」がまだあった。それが今回の法制案では封じられたことが象徴的である。
 後方支援の出動命令が下された瞬間から、戦場への出動拒否も、自衛隊を辞めることもできなくなるのである。今回の安保法制18法案の中で改正された自衛隊法によると、いずれも7年の懲役・禁固刑に処される。あの“盟友”のアメリカですら日本よりはるかに「民主的」で、かつては兵役拒否や戦線離脱は反国家犯罪として最高は死刑にされたが、いまはボランティアで社会奉仕活動を何年間かすれば「出動拒否」も許される。それなのに日本の罰則強化はなんだろう、とんでもない時代錯誤ではないかと井筒は憤りを禁じ得ない。
 そんな“縛り”にあったら、渋々海外に行かされる自衛隊員を多数生むことになる。そうなったら自殺者の数はイラク派遣の時の比(※上図版参照)ではないと、井筒は警鐘をならして、元自衛隊員ならではのリアルで説得力のある譬えとして、こんな「自衛隊内存立危機事態」を予測する。1年365日、つねに日本のどこかの部隊に順番で待機命令が出されて隊員は家にも帰れない。酒も飲めないし、駐屯地に缶詰にされる。そんな時、上司から酒ぐらいだまって買って来いと指示があり、「待機中は禁止です」と断ろうものなら「馬鹿野郎、酒なしで待機できるか。気を利かせ」と真面目な隊員ほどいじめの対象になる。そんな状況下で、海外へ行く前に自殺者の数はさらに増えるというのである。
 やめたくてもやめられない、しかたなくとどまって働かされ、最後には自殺に追い込まれる。これでは今、社会問題になっているブラック企業と同じではないか。
 前回紹介した憲法学者の小林節・慶応大学名誉教授とのやりとりで、小林からこんな「ブラック企業自衛隊脱出法」が披露された。
 「自衛隊の出発式がありますね、場合によっては総理大臣が出席してね。その儀式を当然メディアが放映しますから、そこでテレビカメラの前で堂々と離脱するんですよ。みんなが見ているから撃ち殺されないし、拷問もされません。もちろん、警務隊に連れられてどこかへ押し込められるでしょうけど。だけどその結果は、普通の司法手続きによる、せいぜい懲戒処分ですよ。刑事事件にはならない。これが一番被害が少ない」(井筒他『安保法制の落とし穴』ビジネス社より)
 これは極端な例示ではない、近未来ではないか、この間の自衛隊の変わりようを見てきた井筒にはそう思えてならない。
(本文敬称略)
(つづく)







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