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評者◆志村有弘
きたいことを書く、そこに同人雑誌の存在意義がある――車谷長吉の追悼特集を組む「脈」。悲惨な戦争体験を綴る詩歌群
No.3238 ・ 2016年01月16日




■以前から、同人雑誌同人の高齢化が言われているが、たとえ同人雑誌が老人雑誌であっても一向に構わない。「残党」第41号の編集後記を読むと、割付け担当の人が眼が悪くて作業ができなくなり、編集後記執筆者も七十歳代後半とのこと。とはいえ、「残党」は良質な作品を示し続けている。おのれの文学観で、書きたいことを書き続ける。そこに同人雑誌の存在意義があり、それは人として生きている一つの証しである、と思う。
 現代小説では、小河原範夫の「蟄虫」(ガランス第23号)が力作。隠者生活を送ることを決意し、母が住んでいた古家に戻り、自給自足の生活をし出した高志が、孤独死に怯え、弟夫婦の世話で咲子(六十五歳)を妻とした。その古い家の物置の奥には洞穴がある。咲子に恋する船田が何度も訪ねて来るので、高志と咲子は洞穴に隠れるのだが、やがて咲子は蟄虫のように洞穴でしか住むことができなくなる。老いて一緒になった二人の愛情が優しい。高志以上に隠者の姿となった咲子。下界との接点をなくし、自分の世界だけに生きようとするのを示すためか、作中に出てくる「自分」の文字をゴチックで示す。隠者生活とはいえ、結局、弟夫婦の顔を立てて披露宴をしたり、町内会長が訪ねてきたりする。完全な隠遁生活など現代社会では所詮無理ということか。感じるユーモアとは別に、重い内容。
 谷口あさこの「螺旋の底」(せる第100号)は、自殺した植田菜摘の死について同じ会社の横尾典子と直原芙美、かつて菜摘と交際していた黒岩圭人、菜摘の父、この四人が自分の立場で思いを述べる。責任を問われると否定はしたものの、それぞれ罪の意識・悔いを感じる。構想をよく練った作品。「誰が彼女を殺したのだろう」という結びの文が作品の全てを象徴していて巧み。
 小島恒夫の「えんか」(土曜文学第10号)は、主人公の優と智子の離婚とその後を綴る。育った生活環境の相違が二人を離婚に至らせたらしい。優が会社の常務や課長と行くカラオケ店で常務が最後に歌うのは「舟歌」。智子がフラダンス教室を開いて成功する。友人がその教室の経理担当重役になったらどうかというと、優は「そうはいかないよ」と応え「俺にも意地がある」と思う。離婚劇特有のドロドロした争いもない。会社内の熾烈な争いも描かれず、ストーリーは淡々と進むのだが、平易な文体で最後まで読ませる。
 時代小説では、本興寺更の「寒椿」(文芸中部第100号)。異国船の存在に戦々兢々としている幕末。そうした中で、武家の娘弥知の縁談と恋を綴る。気が進まぬ縁談相手が女と出奔し、叔父の計らいで弥知は恋する男と結婚できることになる。物静かだが、時に凛とした姿を示す弥知の言動が心に残る。登場人物の表情も巧みに描き分けている。
 安見二郎の時代小説「左之介逃亡記」(樹林第610号)の舞台も幕末。博打に明け暮れていた左之介が賭場を仕切る忠蔵から頼まれ、浪人と共に商家から金をゆすり取ることに成功したが、争いとなって浪人を刺殺してしまう。その直後、幕軍の歩兵屯所に志願するのだが、薩摩軍の不意の攻撃に遭い、逃亡する。出会った耶蘇教徒の娘から「極楽は弱きものに開かれている」ということを聞く。左之介はこのあとどうなるのかは分からない。改心するのかどうか。構成にやや難点があるけれど、続篇を期待したい。
 エッセイでは、西澤建義の労作「説経節―かるかや道心への旅」(文芸復興第31号)が、苅萱道心と石童丸伝承の地を巡歴して、節経節「かるかや」成立の経緯を綴る。「脈」第86号が車谷長吉の追悼特集を組み、インタビューで前田速夫が「車谷さんは文学と心中したんです」と語り、比嘉加津夫が車谷の文体に「自然主義文学」を感じ、車谷が影響を受けやすい「純粋さ」は「自らの異と共通する別物を求める寂しさのあらわれ」と述べて、車谷の生涯と文学を端的に指摘。資料では、武田房子の「水野仙子書簡」(駱駝の瘤第10号)が「一粒の芥子種」に関わる仙子の書簡一通を紹介していて貴重。八〇〇号を重ねた「詩と眞實」誌で、井上智重が「長田弘さんのことと、このごろ思うこと」と題して、長田のこと、九州ゆかりの文人、「詩と眞實」への思いを綴り、銘記すべき文学論を展開。
 戦争に対する危惧を叫ぶ詩が多い。渡辺えみこの「母の空・深川の空」(いのちの籠第31号)は、東京大空襲を踏まえて、赤子や娘の手を引いて「火の川を/生き延び」た母を詠む。「早く行きなさい/私のことはいいから」と「泣き叫びつづけ」た母。そうして深川の空は青く、戦争も終わったけれどこれからも「この空は青いのでしょうか」と、母に語りかける。読んで流れる涙。
 短歌では、渡辺久子の「捕虜たりしシベリアの冬いふときに老僧の眼の一瞬鋭し」(綱手第329号)。歌の背後に諦観・達観では済まされぬ老僧の苦渋の捕虜体験。
 俳句では、西山温子の「養命酒で乾杯卒寿と米寿なる」(天塚第二二八号)に微苦笑。
 詩誌「ここから」が創刊された。同人諸氏の健筆を期待したい。「朝」第35号が吉住侑子、「AMAZON」第474号が相馬庸郎、「時空」第42号が福島弘子、「槇」第38号が三好洋、「脈」第86号が車谷長吉、「八雁」第24号が吉田佳菜の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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