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評者◆allblue300
ノルマンディー上陸作戦によりフランスは解放されたのか、それとも蹂躙されたのか
兵士とセックス――第二次世界大戦下のフランスで米兵は何をしたのか?
メアリー・ルイーズ・ロバーツ著、佐藤文香監訳、西川美樹訳
No.3236 ・ 2016年01月01日




■著者のメアリー・ルイーズ・ロバーツはフランス史とジェンダー史を専門とする歴史学の教授。本書は、フランスおよびアメリカの公文書、軍隊や警察の一次資料を用いて、第二次世界大戦下のフランスでアメリカの兵士たちが何をしたのかを、ジェンダーとセクシュアリティ(性的指向)から見直したものだ。
 「公式の記録は常に自らの過去の見苦しい部分から目を逸らしてきた」
 訳者が引用しているアメリカの歴史学者キャロル・グラックの言葉だ。
 第二次世界大戦の記憶から取りこぼされてきたことを突き付ける本書は、英雄物語への挑戦としてアメリカでは強い反応があったという。アマゾンでは「良い戦争」の記憶を書き換えるものとして感情的な反応を引き起こし、学術書として異例の数のコメントが付された。
 臭いものには蓋をしたくなる。アメリカで感情的な反応が起きたという事実だけでも、本書は読む価値があると思う。そこには、これまで目を逸らしてきた見苦しい過去があるはずだからだ。
 先日、とあるアジアの国で小売り商品に「ゲイシャ」ブランドを付けたところ、飛ぶように売れたという話を聞いた。日本を象徴するものとしてゲイシャを思い浮かべる外国は多いのだろう。
 フランスに上陸したアメリカ兵たちはどうだったか。とんでもない偏見を持っていたようだ。以下はその一例。
 フランスは、年じゅう食べて飲んでセックスする四〇〇〇万人の快楽主義者がはびこる巨大な売春宿だ。フランス人に対する狭量な見方はフランス人の本質を表すものとして扱われ、アメリカ人の中でフランス人は未開の人間で、社会的・政治的な統制が必要だという揺るぎない信念に結び付く。フランスの女性たちから熱狂的に迎えられるアメリカ兵。そして、アメリカ兵たちに身を差し出した女性たち。彼女たちはお手伝いの蔑称である「ボニシュ」と呼ばれることもあったらしい。これは日本のパンパンのように戦後の特殊な状況が生み出した人々だった。たまらないのはフランス人の男性たちだ。彼らは失った性的領土を奪還するために「トント」という儀式を用いる。この儀式は、解放されたフランス中の市町村で繰り返された。ドイツ人と性的関係を持った女性は公の場で服を剥ぎ取られ、頭髪を剃られてさらし者にされた。次はアメリカ人が相手になる。
 生きていれば何とかなる。何が何でも生きなければならない、ただし一線を越えずに。その一線をどこに引くか、それはその人間次第だろう。身を差し出す女性を男性は批判できるだろうか。このトントという行いには大いに疑問を持った。一方で、性の地政学という問題にさらされ、性の主権に対する耐え難い侵害を受けた、当時のフランス人男性の心理が描かれていて興味深い。
 本書は最後の章でレイプについて言及している。このレイプに人種問題が深く関わっていた事実に驚かされた。アメリカといえば人種問題、人種差別を思い浮かべてしまう。『私のように黒い夜』という白人が黒人になった体験記は強い印象を残した。本書でも人種問題が告発されている。レイプにまつわることだ。アメリカ兵士によるレイプがあったという事実は、アメリカによるフランスの救出という物語を、略奪と暴力の物語へと貶める。ここで臭いものに蓋がされている。一五二人のアメリカ兵がレイプ容疑で裁判にかけられ、うち一三九人が有色人種だった。また公開絞首刑が執り行われた二十九人のうち、二十五人がアフリカ系アメリカ人だったというのだ。
 これはアメリカだけの問題ではない。フランス人による申し立て、驚くほどその告発の多くが有色人種に対してされていたのだという。アメリカもフランスも差別を行っていたということだ。
 性犯罪を起訴する上でフランス市民とアメリカ軍が協力していた。黒人男性は生まれながら性的暴力性を持つという偏見を、アメリカ人とフランス人が共有していたのだ。これには絶句した。
 著者はこのように締めくくっている。アメリカ軍が行ったこと、黒人兵士の有罪判決と死刑執行、レイプの人種化は、世界で最も偉大な民主主義国家の醜い裏の顔をさらすことになったのだ。
 巻末には監訳者による少し長めの解題があり、本書を俯瞰する内容になっているので、事前に目を通しておくと読みやすいと思う。ここで日本が抱える従軍慰安婦の問題にも触れられている。
 国と国、女性と男性。そこに生じる戦争(兵士)とまぐわい(セックス)という摩擦。この大きな摩擦が生み出す様々な問題。臭いものにされる蓋。叩かれることを承知で本書を上梓した、著者の熱意と勇気に敬意を表して★五つ。


選評:本書のテーマはサブタイトルにある通りだ。人生にも「目を逸らしたい過去」があり、国家にも「蓋」をしたい「臭いもの」がある。では、そこから目を逸らし続けたり、蓋をし続けたらどうなるだろうか? 目を逸らしたい「過去」はいつまでたっても過ぎ去らないし、「臭いもの」からは余計に腐臭がしてくるだろう。また、「蓋」は変わらずあったとしても、その「臭いもの」を入れているはずの「容器(のようなもの。ようするに、「国家」のことか? あるいは放射性廃棄物の格納容器?)」が壊れたりして、中の「臭いもの」が外にジワジワはみ出してきたとしたらどうなるか? これは決して第二次世界大戦下のアメリカとフランスに限った話ではない。
次選レビュアー:barbarus〈『オスマン帝国――イスラム世界の「柔らかい専制」』(講談社現代新書)〉、有坂汀〈『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』(みすず書房)〉







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