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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻⑤
No.3234 ・ 2015年12月12日




■“生涯自衛隊員”を決意し三曹教育隊へ
 地獄のレンジャー教育を無事修了した井筒高雄は、いったん原隊である朝霞駐屯地の第31普通科連隊へ戻り、一カ月勤務した後、「定年退職まで自衛隊」コースのスタートとなる三等陸曹を目指すため、御殿場の第三陸曹教育隊に入隊した。
 そこで下士官のゼネラルマネージャーとして隊員たちをいかに規律を保ちながら効率的に動かすかの訓練――すなわち10人単位、50人単位、100人単位の兵卒を号令一下整然と行進させることに始まって重迫撃砲の戦術的な操作指導法など――を受けた。
 9月から翌年3月までの半年間の訓練だったが、井筒には“楽勝”だった。レンジャーへの志願を上官たちから誘われたときに言われた、「自衛隊でこれ以上苦しい訓練はないから三曹の選抜試験なんて屁のカッパだ」の意味が初めて実感できた。
 「レンジャーになるといじめられない」とも言われたが、これもそのとおりだった。
 教官たちはレンジャーの資格を持っておらず、精強のレンジャーにコンプレックスを持っていたので、“理不尽な愛のしごき”を受けることもなかった。
 「レンジャーになると箔がつく」とも言われたが、これもそのとおりだった。レンジャーバッジをつけていると周囲から一目も二目も置いてもらえる。東京世田谷の自衛隊中央病院に体調を崩した隊員を連れて行ったとき、医師に「きみはレンジャーか、すごいなあ。エリートだなあ。頑張れよ」と声を掛けられ、自尊心を大いにくすぐられた。
 おかげで入隊以来、井筒の中でわだかまっていた「自衛隊=日陰者」のネガティブな気分がいくらかは軽減された気がした。それでも、世間からは、レンジャーであっても同じ自衛隊員として冷たく見られていることを折りにふれて実感させられた。
 それを最初に“体感”させられたのは、入隊した年のゴールデンウィークに初めての休暇をとって実家に戻ったときだった。当人としては、両親に晴れ姿を見せて喜ばせてやろうと制服を着用したのだが、途中の電車の中で、“白く冷たい目線”を感じながら家に帰りつくと、喜んでもらえると思いきや、両親からも玄関先で「なぜ私服で帰ってこなかったのか? 制服は目立つじゃないか」といわんばかりの“白く冷たい目線”を投げかけられたのである。
 世間の大多数は“白く冷たい目”で見るだけだったが、中には自衛隊を憲法違反の「市民の敵」と見る人々もいた。皮肉なことに後に井筒とつながることになる「左翼系の人々」である。勤務を終えて、朝霞の駐屯地から、いざ池袋へ繰り出そうとすると、先輩たちから、「○○派とかいう恐い連中がいて、制服を着ていると狙われるから、制服の単独行動は駄目だぞ」と“忠告”を受けたりもした。
 井筒が入隊した当時は、いまだ東西冷戦が続いていて、自衛隊は、国民に感謝される存在ではなかった。世間的には戦争放棄の平和憲法下では“日陰者”とみなされていた。井筒としては、それを「現実」と受け止め、日陰者のほうが自衛隊員にとっても国にとってもいい、「縁の下の力持ち」ぐらいがバランスがとれていると、自らを納得させていた。
 しかし、自衛隊に対する世間の“偏見”の中には、納得のいかないものもあった。過激派だけでなく、世間の一部から「自衛隊は好戦的な国粋主義者」と見られていたことだ。実態はそんなことはなかった。
 入隊後に「天皇制」や「先の大戦の敗因」について教育など受けたこともないし、政治的な指導もなかった。選挙の前に、「防衛予算をぶんどってくれる政党はどこか」とか「給料や待遇もふくめお前たちのことをきちんと考えてくれる政党はどこか」と中隊長や連隊長から朝の訓話で仄めかされたが、公選法への配慮からだろう、特定政党の名が出ることはなかった。
 その程度の「政治的誘導」は、農業団体や土木関連会社、あるいは宗教団体など自衛隊以外の「世間」ではざらにあることであり、それから考えると少なくとも井筒がいた年代の自衛隊は、思想的にも政治的にもニュートラルだったというべきだろう。
 それ以前の自衛隊はどうだったか。あるいは井筒のような高卒の「叩き上げ」以外のエリート層ではどうだったか。つい最近、安保法制に反対する元自衛官つながりで、防大に次ぐエリート層をつくるといわれた少年工科学校出(現‥陸上自衛隊高等工科学校)の泥憲和と知り合い、興味深い体験談を聞かされた。
 泥が少年工科学校に入校したのは、井筒の入隊より20年ほど前の1969年。ベトナム戦争真っ最中で街頭では反戦デモが繰り広げられていた。学校長は陸軍士官学校出の旧軍経験者だったが、旧軍的な教育を受けることはなかった。入校すると二期上の指導生徒が付く。その指導生徒が学校の説明をしたとき、一人の同級生が質問した。「反戦歌を唄っちゃあいけませんか」「反戦歌ってなんだ?」と生徒指導が訊き返すと、「『坊や大きくならないで』とか『戦争を知らない子供たち』とか僕好きなんですけども自衛隊では唄っちゃあいけないんでしょうか」。すると驚いたことに、指導生徒はこう答えた。「いいんじゃないか、反戦歌。だって自衛隊は戦争をしたくないぞ」と。
 また、こんなこともあったという。もし革新政党が政権をとったらどうすべきかが、同級生の間で話題になった。社会党や共産党の政府を守る気はない、だったら自衛隊を退職するという生徒と、自衛隊は自民党を守るための部隊じゃない、国を守るための組織なんだから、どの政党が国を指導しようが日本というのは変わりないから、その国を守るために戦うという生徒に分かれたという。後者の方が若干少数派だったらしいが。
 井筒は、泥のエピソードで、エリートであれ叩き上げであれ、自衛隊の若者たちの意識は時代を超えて変わっていないことを確認できた。
 自衛隊員もふつうの若者なのだが、そうではないと世間には見られている。この昔も今もかわらない「偏見」こそが自衛隊の抱えている“不幸”であり、これを超えていかなければこの国は大変なことになる、とくに今回の安保法制論議の中で井筒はつくづくそう感じているが、その問題については追って詳しく検証することにしよう。
(本文敬称略)
(つづく)







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