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評者◆添田馨
日比谷公園の深い闇――抗議の焼身自殺から一年後の夜に
No.3234 ・ 2015年12月12日




■2014年11月11日に、日比谷公園でひとりの男性が焼身自殺した。新田進さんという方だった。その行為は、第二次安倍政権による「7・1閣議決定」すなわち集団的自衛権行使容認のための憲法解釈変更と、沖縄の米軍基地建設につよく反対する意思を表明したものだった。残された抗議文の内容からそれは明らかだった。この事件に対する国内外の主要メディアの取り扱いはきわめて消極的だった。抗議の自殺という点に特にフォーカスしたものはほとんどなかった。この事件は多くの人の記憶にすら残らない出来事として、忘却の闇にそのまま消え入ってしまったかのようだった。彼は本当はどこへ行こうとしたのか、そしてどこへ行ってしまったのだろうか。
 1967年、エスペランティストの由比忠之進が、ベトナム戦争下での米軍による北爆に支持表明をした当時の佐藤栄作首相への抗議として、首相官邸前で焼身自殺を図った事件があった。決行の日付は、おなじ11月11日だった。その翌日、彼は死亡する。偶然の一致とは思えない。だとするなら、2014年の死者は1967年の死者を、間違いなく記憶していたことになろう。ふたつの政治的焼身自殺事件は、記憶の底でつながっていたことになろう。私には、この意味がきわめて重要と思われた。
 新田進さんは、間違いなくパブリックな死を死んだ。たとえ報道が一切なされまいと、たとえ人々が忘れさろうと、激しい抗議の意思がそこに籠められていた以上、もはや誰にもその遺志を撤回する術はない。矛先を向けられた政治家たちは言うに及ばず、私たちにも、さらには死者自身によってさえも。なぜなら、死によってその遺志は歴史過程による相対化の波から切り離され、絶対化したからである。
 実は、彼はまだどこにも行っていない。その思いはいまも日比谷公園の深い闇のなかに、社会の無意識の一部となって、声ならぬ声となって残留している。パブリックなそれは記憶である。首相官邸もまた、おなじ闇のなかにある。







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