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評者◆たかとう匡子
戦後七十年を一望する明確な平林敏彦のエッセイ(「午前」)地霊に振り回されている谷崎潤一郎が面白い(森真沙子、「谺」)
No.3234 ・ 2015年12月12日




■「午前」第8号(午前社)の平林敏彦「六十年前の詩誌『今日』に参加した哲学者鶴見俊輔の手紙」を、前号につづいて興味深く読んだ。私など多少詩史的な捉え方に関心を持っているせいでもあるが、とにかく筆致がさわやかで万事が昨日のことを語っているようで面白い。季刊詩誌「今日」創刊の頃、中島可一郎に紹介されて当時「思想の科学」を主導していた鶴見俊輔と知り合い、そこで第二冊目に「らくだの葬式」という詩の発表になったことなどを、全文を引きながら回想していく。結局、鶴見俊輔は八十歳になって初めて手製本三百部の詩集『もうろくの春』を出版し、そこに収められたことなど淡々と書いている。このエッセイの題では「手紙」ということだが、「手紙」というのはもともとその相手(=平林さん)が残さないと無い。この点六十年も残している平林敏彦も立派だが、残されるような手紙を書いたのも(このばあいは鶴見俊輔)立派だ。今年は戦後七十年、そこを一気に一望するように、しかも詩にこだわって明確にきちんとしたエッセイにしてもらうというのは大変有難い。私など何ともいえずたくさんの刺激をもらった。
 「谺」第79号(谺短歌会)の森真沙子「地霊と呼ばれた男―谷崎潤一郎」は、谷崎が「記録に残るだけでも六人を数える女性遍歴や、四十二回に及ぶ引っ越し」をしたことを地霊で逃げ回ったことと関連づけて書いていて、楽しんで読んだ。とにかく地霊に振り回されている谷崎というところが面白い。私は神戸に住んでいるが、関西には谷崎の研究者はいっぱいいる。そこではみることがなかったユニークな展開だけに魅力がある。そのうえで、かつて花田清輝が批判した『吉野葛』だが、谷崎は友人の目をとおして終生谷崎文学の一つの旋律
であった内部の母性探し(母親探し)をここでは徹底し、また『蘆刈』はたまたま知り合った男を通して語るという手の込んだ間接話法をとっている。谷崎文学を考えるとき、この一人称の私を使っても間接話法で書くところなど、とても面白いと思ってきたが、そこに地霊を置くとなると、こういう書き方もあるなと思った。
 「季刊午前」第52号(季刊午前同人会)の田島安江「オスロへの旅」はなかなかの力作。母の日記を使い、私の世代と母の世代をモンタージュさせる。〈私と母〉このふたつを見てしまうことで、主語もふたつ存在する。じつに手がたい手法で、複雑な人間関係、複雑な人生模様を、丹念に堅実につなぎながら、リアリズムの手法で書き込んでいく。読んでいてついつい引き込まれ、そのひとつひとつに揺り動かされる思いがした。
 「イグネア」第6号の斎藤葉子「夜が来ると」は非現実体験のようなもの、小説でしか書けないものを小説にしたとしたらそれだけでも面白いといっていいだろう。どこかはぐらかされている気がしないでもないが、妙なリアリティがあり、印象としてはふかく残る。文体も素直で、淡々と書いている。一種の怪談物のようで、空の空へと誘い込まれるが、どこか現実につまづいているところがあり、そこに魅了された。
 「遍路宿」第207号(ずいひつ遍路宿の会)の佐々木三知代「『一代限り』顛末記」は両親と一緒に戦後からずっと住んでいた家を売った話。両親のいなくなった実家を売ってしまえば、故郷がなくなるから一代限り、と書いている。気持ちとしてはよくわかるけれども問題はこれではすまないと思う。「お父さん、ごめんな」といったら「ええが、なるようにしかならんのじゃ。くよくよするな」とは多分言ってくれるだろうし、実際そこで自分を納得させてしめくくるが、この問題は追究すればするほど根はもっと深いと思う。そういうことを読み手に考えさせるぶん、逆にいいエッセイだと思った。
 「葦」第47号の東尚子の詩「風の約束」は「綿菓子のような雲」とか「木の葉を翻して風は」とか平凡なありふれた抒情詩。花、風、雲、木などにもたれかかっているところも平凡。しかし読後感としてなんとなくさわやかなのでとりあげておく。今少しボキャブラリーを増やすことも大事だと思う。
 「玉繭」第2号(NHK文化センター神戸教室)は巻頭に伊勢田史郎の詩「追悼 子どもの四季」を掲載している。伊勢田史郎さんは私が詩を書き始めた六十年代からの大先輩。こちらはおだやかな、典型的ないい抒情詩で、日本の里山があちこちにあった時代を彷彿とさせる。「ごおーん! また一つ/鐘が鳴る」こんな長閑な失われていく生活風土が逆に恋しくなってきた。伊勢田史郎さんとの訣れはとりもなおさず私の中の歴史時間がなくなるということでもあり、この場を借りて哀悼したい。
(詩人)

▼午前 〒330―0844さいたま市大宮区下町3―7―1 S601 布川鴇方 午前社
▼谺 〒162―0851新宿区弁天87―702 浅野光一方 谺短歌会
▼季刊午前 〒812―0015福岡市博多区山王2―10―14  脇川郁也方 季刊午前同人会
▼イグネア 〒618―0014大阪府三島郡島本町水無瀬2―2―2 902 岩代明子方
▼遍路宿 〒761―8057高松市田村町248―5 篠永哲一方 ずいひつ遍路宿の会
▼葦 〒519―0415三重県度会郡玉城町田丸156 村井一朗方
▼玉繭 〒655―0011神戸市垂水区千鳥が丘3―12―22  由良力方 NHK文化センター神戸教室







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