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評者◆第3回 河出書房新社・小野寺優社長
「多数決の読書」から「個」のための読書を取り戻す――出版社、図書館、書店、読者で出版不況の根底を考えるべき
No.3233 ・ 2015年12月05日




■江戸川区立西葛西図書館(東京)は11月1日、河出書房新社の小野寺優社長を招き、「出版社と図書館をつなぐ」シリーズの第3回講演会を同館3階会議室で開催した。同シリーズは図書館と出版社との相互理解を促進するために海老名市立中央図書館(神奈川)が昨年に実施した講演会を引き継いだもの。小野寺社長は出版不況の根底には「多様な本に触れる機会の減少」と「本の情報が不特定多数の読者に届かない」という2つの原因があると指摘。出版社と図書館だけでなく、書店や読者も交えた4者で「これらの問題を考えていかないと図書館と出版社を巡る議論は解決しない」と訴えた。
 講演要旨は次の通り。


■ロングセラー壊滅 新刊本は二極化 本の多様性失われる

 出版業界は非常に厳しい。1996年の2兆6564億円をピークに出版市場は下がり続け、2014年には1兆6065億円とピーク時に比べて40%下がった。この状況に伴って、書店の数も減っており、99年の2万2296軒に比べ、14年は1万3943軒と40%も減った。また、日本の1718の自治体のなかで、一軒も書店がない自治体はその約5分の1にあたる322にのぼる。
 書店の減少にあわせて気になるのが、ここ数年の本の売れ方。弊社では08年のリーマンショックの頃から、一定期間内の新刊の実売率は上がっているものの、書籍全体の実
売率が伸びなくなった。つまり、既刊本が極端に売れなくなってきたのだ。これまで、書籍の世界を支えてきたロングセラーが壊滅状態になってきた。書店店頭で言うと、平積みの本を買う人はいるが、丹念に書棚を見て買う人が減ってきているということを意味する。
 そうなると、出版社は売上を維持するために、新刊本を多く出さなくてはならなくなる。さらに、新刊1点あたりの製作部数も落ちてきているので、ますます出版点数を増やさざるをえなくなる。だが、点数を増やすと、原価も人件費もかさんでしまう。
 さらに、その新刊でも、売れているのは一部のベストセラーや人気作家の作品に集中するという二極化が進んでいる。言ってしまえば、200万部と2000部という冗談ではないくらいの差が開き、これまで出版界を下支えしてきた3万部、5万部と売れる本が少なくなってしまった。
 書店においても、確実に売上を取ることができたロングセラーが減っているため、新刊中心の売り場にせざるをえない。しかし、新刊は並べてみないと売れるどうか分からず、ロングセラーと比べて博打的要素が高くなる。
 加えて、新刊の二極化の影響で、限られた棚スペースの効率化を求めるために、短期間に売れ行きのいい本を中心に品揃えするようになる。実際に、取次会社は「不稼働在庫をなくそう」と書店にアドバイスしている。そうなると、書店に置く本がどんどん似通っていき、どの書店でも同じ本ばかりを目にするようになる。つまり、書店における本の多様性がどんどん失われつつある。
 すべての書店がそうだとは言わないが、全体的にそういった書店が増えているのも事実。その結果、私たちの生活から多様な本を目にする機会がどんどん失われている。いわば、本のある風景がどんどん失われている。これが現在の出版界で、ことはかなり深刻である。

■本の購入が非日常化 子どものためにも町の本屋を

 こうした本をめぐる状況の変化はここにきて、売れ方の変化として、もっと顕在化してきた。例えば、土・日曜日に極端に本が売れて、平日には売れなくなった。これは書店に立ち寄ることが日常から非日常になったということを意味している。通勤・通学・買い物途中に書店に寄って雑誌や書籍を買うというスタイルが崩れて、休日に家族連れで大きなショッピングモールを訪れて、そこの書店で本を買うという状況に変わった。
 駅ターミナルには大書店があり、ネット書店もあって、それでもまだ本が売れているのだから、いいではないかという声もある。しかし、私が気になるのは将来の読者となる子どもたちのこと。やはり、子どもの生活圏内に、世の中にはこんなに自分が知らないことがあるのかと感じさせてくれる書店があってほしい。このままでは子どもたちが本と出合う機会はますます減り、将来、大書店やネット書店で買う読者すら育たなくなる。その意味でも、これ以上、町の本屋をなくしてはいけない。

■ランキングだけに頼らず知らない作品にも興味を

 新刊の二極化は、ランキングやネット書店のレビューを頼りに本を購入する人が増えたことにも一因がある。話題に乗り遅れたくない、ハズレをつかみたくないという思いは理解できる。だが、本というものが趣味であるとするならば、時には自分の感覚一つを頼りに知らない作家の作品を手にとり、「当たったぁ」とか「外れたぁ」などと一喜一憂するのが、その醍醐味ではないか。そういった経験によって人は自分の好みを知り、選ぶ力を身につけるのではないか。
 皆がいいと言っているものを読む、いわば「多数決の読書」が果たして文化と言えるのだろうか。それはあまりにも貧弱で薄っぺらなもののような気がしてならない。そう考えると、私たちはいま、「多数決の読書」から「個で選ぶ、個のための読書」を取り戻さなければならない。そうしないと本の文化そのものがおかしくなってしまう。

■本が売れない最大原因は読者への情報不足

 本が売れない最大の原因は、読者に本の情報が十分に届かなくなったためではないだろうか。かつては書店の一等地に積んでもらえれば、それでよかった。なぜなら、情報がほしい人はとりあえず書店に足を運んだからだ。言ってしまえば、本好きもそうでない人も情報がほしいと思えば本屋に行くのが当たり前だった。しかし、いま書店に足を運んでいるのは極端に言えば、本好きだけ。それ以外の情報を求める人はネットで集めるようになり、書店に足を運ばなくなった。
 ただ、一方で情報さえ伝われば、本は買ってもらえることも分かっている。ドラマ「半沢直樹」がヒットして、原作本が売れて著者の池井戸潤さんはベストセラー作家となった。これは普段書店に足を運ばない人たちに、ドラマを通じて池井戸さんが面白い作品を書くという情報が伝わり、その人たちが書店に足を運ぶと原作本などが平積みになっていたから購入した。その結果のベストセラーだ。これはトマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』や又吉直樹氏の『火花』にも当てはまる。
 私たちは何とかして、多様な本の情報を、他分野の情報の「ついでに」不特定多数の人に届ける術を見出す必要がある。

■複本問題、4者で協議を

 10月29日付の朝日新聞に、「売れぬ本『貸し出しが一因』」「『新刊一年猶予』出版社などが要請へ」という刺激的な記事が出た。書籍の販売部数は05年の7億3944万冊から、14年は6億4461万冊と約13%落ち込んだ。一方、公立・大学図書館の貸出冊数は同期間に6億1696万冊から6億9527万冊と13%伸びている。
 この数字をみれば、販売減の一因とみるのも分からなくはない。私自身、もう少し借りずに買って欲しいと思うことも多々ある。これを問題視する著者が増えているのも事実だ。ただ、図書館の貸出に制限をかければ、図書館で借りていた人が買ってくれるかというと、それは推測の域を出ない。
 図書館としても、公共施設である以上、利用者の意向を無視出来ない、という面もあるだろう。また、出版社は図書館があるからこそ、専門書や高額書などを刊行できるという面もある。さらに、読者にとっては、とくに322の書店のない自治体においては、本との出合いの場としての図書館の価値はますます高まっている。問題は複雑だが、図書館問題が避けて通れない課題なのも事実だ。
 私個人としては、出版社と図書館だけで話をしていても水掛け論に終わってしまう気がする。ならば、図書館と出版社に書店や読者も加えて話し合う機会をもっと増やせないだろうか。本の売上が落ち、書店が減り、その結果、書店のみならず出版社も著者も苦しい状況にある。本を生み出すところが苦しくなっているのだから、その影響は図書館にも及び、読者の問題にもなってくる。だからこそ、この問題は読者の理解なしには解決しない。この4者で「図書館、書店の役割について」、さらには「本の情報をいかに届けるか」、「本の多様性をいかに守るか」といった根底にある問題について考えたい。
 複本問題についても、限られた予算でベストセラーを購入すればするほど、図書館だからこそ購入できる高額書や専門書が購入できなくなってしまい、図書館からも多様な本のある風景が失われていく。そうなれば、専門書出版社などは倒産し、書店はますます減り、著者も書き続けていけなくなる。結果、世の中からどんどん本の多様性が失われてしまう、という観点から考えたい。私は、図書館にはあらゆる本に接することができる、いわば「知の宝庫」であってほしいと願う。







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