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評者◆前田和男
元陸自レンジャーの社会 活動家・井筒高雄の巻④
No.3232 ・ 2015年11月28日




■地獄のレンジャー教育にチャレンジ

 井筒高雄が泣く子も黙る死のレンジャーを目指すことになった経緯を記そう。
 そもそも自衛隊を高卒で志願するにあたっては、非任期制か任期制かを選択しなければならない。前者の「非任期制」は、階級によって定年までの年齢は変わるが、五十代半ばまで在職が保障される陸士という階級からスタート、将来は士官が約束されている代わりに、入隊試験も難しい。後者の「任期制」は、1任期2年ごとに契約を更新しなければならない、いわば「非正規雇用」で、「任期制」にくらべると入隊試験もやさしい。多くの志願者がこちらを選択、おおむね3任期、6年間の間に、自らの適性や能力、あるいは家庭事情や人生設計を考えあわせて、昇進試験を受けて定年まで自衛隊に留まるかどうかを判断するが、途中で除隊するものが大半である。井筒の同期の中には、家業の電気工事業を継ぐために関連の国家資格を優先的に取得するとさっさと除隊した「ちゃっかり組」もいた。
 井筒は、自衛隊員になるのではなく体育学校生徒になるのが目的だったので、任期制を選択。1任期目の終わり、20歳の時に契約更新をして2任期目をスタートさせたところへ、上官の幹部からレンジャー訓練への誘いを受けた。
 「自衛隊に残ったらどうだ、今後の昇進を考えたらレンジャー教育を受けておけ。自衛隊でこれ以上苦しい訓練はないから三曹の選抜試験なんて屁のカッパだ。教育隊長賞をもらって、最短のたたきあげのコースを歩めるぞ」
 本来の目的であった自衛隊体育学校入校は3か月間にわたる「選抜テスト」で不合格になり断念、一般隊員に戻された井筒には、同期に遅れをとったのを何とか取り戻したいとの思いがあった。たしかにレンジャー隊員になれれば、後塵を拝していた同期を一気に追い抜けるかもしれない。これでレンジャーに挑戦する気になった。
 その気になったのには実はもうひとつ、いかにも“フツーの若者”らしい理由があった。訓練先が朝霞駐屯地だったことだ。同駐屯地には婦人自衛官の教育隊があって、北海道から沖縄まで婦人自衛官が教育プログラムを受けにやってくる。彼女たちにとって「レンジャー学生は憧れの的で、レンジャーバッチを付けて卒業すれば向こうから寄ってくる」と、上官にいわれたのだ。「だったら池袋や新宿歌舞伎町でナンパをしてあえなく撃沈する無念を味わわなくてすむかもしれない」と浅はかな若気の期待が、井筒の背中にだめを押したのだった。
 しかし、実際に受けてみると聞きしにまさる「地獄の試練」だった。
 まずレンジャー教育を受けるには「素養試験」という予備テストをパスしなくてはならない。「最高回数」とは「限界まで」の意味で、懸垂の場合だと、まず鉄棒にぶら下がり、4秒間たつと教官の笛がなるので、腕の力だけで顎を引いた状態で鉄棒の上に顔を出して、そこでまた4秒間停止すると笛がなり、それが終わると体勢を腕の力だけで戻してそのまま4秒間ぶら下がり笛がなる。それでやっと1回とカウントされる。
 また、2000メートル持久走の場合は、戦闘服にヘルメットをかぶり半長靴を履いてヘソから拳一個分を突き出しながら、銃口を時計の11時と銃尾を5時の方向に向けた状態で銃を担いで、9分30秒以内で走らなければならない。
 それをクリアしてようやく本番の訓練が始まるのだが、20名前後の少数精鋭教育で、基礎訓練を3カ月間駐屯地でした後、演習場などでヘリコプターや戦車などの装備一式をフルに使った実践訓練を1カ月間行なう。
 まず叩き込まれるのは「レンジャー五訓」。すなわち「飯は食うものと思うな」「道は歩くものと思うな」「夜は寝るものと思うな」「休みはあるものと思うな」「教官は神様と思え」。
 各3か月にわたる前半の基礎訓練と後半の実戦訓練メニューの中で、井筒にとって(そしておそらく多くの同期たちにとっても)思い出深いのは、前半では「生存自活」――武器だけを携行し、食料は持たずにカエルやヘビを捕まえ餓えをしのぎ、泥水や葉の夜露で渇きをいやすというサバイバル訓練。後半では、何気なく置かれた宅配便の荷物や小犬のぬいぐるみを足や銃で突いたとたんに爆発するトラップをかわしながら、自前でつくった爆弾で橋げたを爆発する作戦、あるいは「隠密処理」という名の暗殺訓練、捕虜の口を割らせて情報をとる「対尋問行動」などだった。
 訓練に入る前には「遺書」を書かされるが、なんとか訓練をやり終えた井筒は、これでは死人が出るわ(実際に死亡事故が発生している)と納得するいっぽうで、なるほど上官から勧められてもなにかと理由をつけて多くの隊員は受けないわけだと「不人気の理由」も実感した。
 もう一つ、だまされたと失望させられたのは、辛い訓練をこなして戻ったのに、婦人自衛官からは、「レンジャー学生なんて信じられない、なんでそんなところへ行くの」とドン引きされたことだった。
 こうして井筒高雄は、レンジャー資格をとって三等陸曹となり最短の昇進コースに乗ることになったのだが……。
(本文敬称略)
(つづく)







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