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評者◆rosetta
ちょっと不思議な世界で普通に生きている人たちの物語
地球の中心までトンネルを掘る
ケヴィン・ウィルソン著、芹澤恵訳
No.3232 ・ 2015年11月28日




■11の短編がまとめられた作者のデビュー作。デビュー作でこの完成度ってなんなのよ!? 現代のサリンジャーって呼んでも大袈裟ではない。
 それぞれちょっとばかり現実離れした設定の世界であるが、登場人物たちはすごく真っ当に生きている。誠実に悩み解決を求めて彷徨う。そんな彼ら彼女らをずっと見守っていたいと思わせられる。優しさと愛おしさに自分が包まれる。彼らが決断した行動は私たちの規範からはみ出すものではない。完全に賛成、とは言えなくともその選択はあり得るよね、と許しを与えたい。ただし誰もがすごく不器用。もっと世間に迎合すれば楽に生きられるのにともどかしくなる。だからこそ愛おしいのだけれど。
 「替え玉」。死んだ祖父母の代理として利用者の家庭に派遣される主人公。あるときまだ生きている祖母の代わりを務めさせられたクライアントに探りをいれた事から自分の良心との葛藤に悩む。せっかく安定したやり甲斐のある老後を手にしたというのに……。
 「発火点」。両親を人体発火事件で亡くした兄弟。兄は文字の刻まれた大量のコマの中からQの文字を集める仕事をしている。そしてどこに行くにも歩数を数えないではいられない。
 「モータルコンバット」。クイズ同好会に所属するイケテない男子二人。クイズの練習中に不意に唇が触れてしまった事から次第にエスカレートする怪しい関係に。決してゲイに目覚めたわけではないが妙に意識してしまい普通の関係に戻れない。
 「地球の中心までトンネルを掘る」。大学を出たばかりの三人の男女。何かから逃げる様に裏庭に穴を掘り始める。もちろん地球の中心なんか目指さずに街中に穴を掘り広げ何ヶ月も穴から出てこない。両親は食料を差し入れてくれるが子供たちの行動を理解してくれているわけではない。ただ見守ってくれているだけだ。
 「ゴー・ファイト・ウィン」。両親の離婚で新しい街に引っ越して来た主人公。母親の強引な奨めでチアリーダーになるが本人はそんな事は好きではなく、一人きりでプラモデルを作り目立たず生きたいと思っている。せっかく容姿と運動神経に恵まれているのに。隣の家の少しおかしなところのある四つ年下の男の子に興味を持っていく。
 全部は紹介しきれないので一部だけ。
 殆どの作品に家族の繋がりが大きなテーマとなって影を落としている。心を通わせたいと思っているのにすれ違ってしまう。悪意はないけど無理解が幅をきかせる。あれ、でもそれって私たちの生きている今の普通の世界と一緒だ。少しずれた世界で当たり前に進行する人生。特別な事件や超常現象は発生しない。つまりこの作品はジュンブンガクなのだ。

選評:かつて「ダダ」は、「破壊と否定の大仕事」を成し遂げるといって、反抗と異議申し立てをおこなった。それは「現実」への反抗、例えばガッチガチの「芸術」の序列への「NO!」だったりしましたが、いまやその「現実」のほうがよっぽど小説より奇なりで、単純に困惑している人も多いと思います。そんなとき、こんな奇なる「小説」を読んでみるのはいかが?
次選レビュアー:ぽんきち〈『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)〉、かもめ通信〈『戦場のコックたち』(東京創元社)〉







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