書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆第13回 神奈川県・逗子市立図書館・小川俊彦館長
TSUTAYA図書館も図書館だが……――自治体は「図書館とは何か」という理念を持つべき
No.3231 ・ 2015年11月21日




■佐賀県の武雄市立図書館に続いて、海老名市立図書館(神奈川)でも選書問題が取り沙汰された〝TSUTAYA図書館〟。愛知県小牧市では、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)と図書館流通センター(TRC)の共同企業体による新図書館建設構想を白紙撤回する事態にまで発展した。さらに、海老名市立図書館の運営をめぐって、共同企業体として協業するTRCがCCCに関係解消を申し入れる騒動も起こった(結局、両社は共同運営を継続)。この一連のTSUTAYA図書館問題の根本にあるのは、図書館のあり方であり、方針に基づく選書や蔵書の問題である。また、選書や蔵書をめぐっては、出版界と図書館のシンポジウムにおいても「図書館は文庫やベストセラーではなく、個人では購入できない高額な本を蔵書してほしい」などの意見が挙がることも多い。ここでは、『図書館の現場9 図書館を計画する』(勁草書房)の著者で逗子市立図書館の小川俊彦館長にTSUTAYA問題と市立規模の公共図書館の選書について話を聞いた。

■貸出中心の図書館の究極がTSUTAYA図書館

 ――武雄市図書館の『ラーメンマップ 埼玉(1997年版)』、『エラーが分かるとWindows98/95に強くなる』(1999年刊)などのほか、海老名市図書館の『タイ・バンコク 初心者でも安心!男の海外旅行ガイド』といったCCCの選書が問題となった一連のTSUTAYA図書館騒動をどうみるか。
 「武雄や海老名の図書館の選書問題というのは、以前からあった図書館の蔵書の構築自体に問題があったのではないか、と私は捉えている。つまり、貸出を重視した図書館に問題があった。貸出の絶対量が、行政的にも図書館の評価となり、市民の意向、つまり借りられる本を重視して購入することになる。複本も増え、複本は一定期間が過ぎれば必要ないものとして処分されていく。その時々の利用者の希望に応じて読まれる本だけを考えるのであれば、司書はいなくてもいい、という図書館づくりになる。結果として、蔵書として残せるものがほとんどなくなっていく。リニューアルにあたって海老名市立中央図書館は郷土資料を有馬の分館に移した。貸出を中心にして利用者に喜ばれればいい、資料の保存は必要ないという考え方を取ったわけだが、一体何が中央図書館に残ることになるのだろうか。貸出中心の図書館の究極がTSUTAYA図書館であり、一連の問題の根本だと考える」
 ――従前の図書館が貸出中心というが、そうした方針はいつ頃から始まったのか。
 「1963年に日本図書館協会が、『図書館が市民権を得るためにどうすべきか』について調査し、まとめた『中小都市における公共図書館の運営』、いわゆる『中小レポート』である。その結果を受けて、同レポートに携わった当時の東京・日野市立図書館長が、それまでの年齢制限を撤廃し、地域の全域をカバーする、充実した貸出サービスを日野市立図書館で開始した。さらに、この実践を経て、日本図書館協会は1970年に、貸出・全域・児童サービスの三本柱を図書館運営の基本理論とする『市民の図書館』をまとめた。この時代が転機となり、貸出を中心に据えた図書館サービスが広まっていき、図書館というものが認めてもらえるようになってきた。それに力を得て、『来た利用者は黙って返すな』、『要求された本は草の根を分けても捜して貸出す』というくらい貸出への意識は強くなった。今のリクエストや予約という制度もここから生まれてきたし、こうした貸出の姿勢・考えは今もあまり変わっていない」
 ――TSUTAYA図書館は、これまでの図書館の在り方の皮肉として顕現したということか。
 「CCCは、TSUTAYAがアマゾンに対抗するための一つの方法として図書館に目を付けたのではないか。行政施設で最も集客力があるのが図書館で、それを手段として使った。多くの図書館員が武雄図書館を人集めの『ブック&カフェ』と揶揄したのもその証拠。ただ、武雄図書館が集客という意味では成功し、行政に大きな魅力と映ったから、海老名市や小牧市、多賀城市などにも波及した。だが、選書の問題が大きくなり、図書館としてのあり方にきちんと対応できなかったため、小牧市は白紙撤回したのだろう。要は、図書館とは何かという基本的な計画・理念をきちんと持った上で、自治体は自前でいくか、TSUTAYAでいくかを考えるべきだった。TSUTAYA図書館だけではなく、今流行りの多機能な新図書館においても同じことが言える。今の図書館はそうした図書館と従来型の2つに分類されるだろう。ただ、TSUTAYA図書館の存在まで否定するものではない。海老名の中央館も図書館、有馬も図書館。集客装置目的としての図書館は残して、もう1館本格的なものをつくればいいのではないか」
 ――TSUTAYA図書館の問題は、指定管理という制度が図書館運営にそぐわないから起こった問題なのか。
 「TSUTAYA図書館の問題と指令管理者制度の問題とはまったく別の話だ。海老名市立図書館で指摘された資料を県内の直営図書館でも所蔵していた。利用者の要求に寄り添うことにすれば、そのようなことも起きてくる。指定管理の問題で言えば、20年前から自治体が司書職の採用を止めていき、今では正規職員として司書になるのは相当困難になった。だが、図書館界は司書を養成しながらもその問題(正規職員としての受け皿)の働きかけをしてきていない。しかし、指定管理の制度は司書として働ける場を提供している。少なくともその点は評価すべきだろう」
 ――CCCの新しい図書分類法であるライフスタイル分類をどうみている。
 「NDC分類がすべて正しいとは言わないが、あそこまで壊す必要もない。NDC分類『48』の動物学の隣に、なぜ『49』医学・薬学があるのかと言われたことがあるが、一応は人間の思想体系をまとめたものである。この方法では、今という時代に合わないこともあるので、関連するジャンルを一カ所に纏めたりもする。ただ、海老名図書館の場合には、その分類の意図が分からない。またタイトルから判断したのだろうという、おかしな分類もみてとれる。本来ジャンル分けするには、1冊1冊をチェックしないとできない。だが、そこまでできているとはとても思えない。もし全ジャンルでできていたら、図書館も参考にしてもいい」

■図書館員の専門性、司書がいる意味とは

 ――大量に購入した本の多くは数年経つと見向きもされなくなり、廃棄されていく。さらに、市民からリクエストされた本をすべて購入する図書館もあるという。こうした貸出サービスと、図書館の蔵書構成・方針とで、矛盾が生じるのではないか。
 「逗子市立図書館でも、市民の要求には基本的には応えるという方針だ。2週間に1回選書会議を開き、『週刊全点案内』や新聞書評、リクエストなどを参考に購入する資料を決めている。リクエストや新聞書評などの資料については、出版された背景や県内の他の図書館が所有しているか、予算的に可能かどうか、所蔵するのにふさわしいか、などを1点ずつチェックして決めている。おそらくリクエスト全点のうち2割程度しか購入していない。リクエストされた本の大部分は他の図書館からの借用になる。また、『絶歌』や『完全自殺マニュアル』のように内容を問題視される本もある。当館は『絶歌』を購入しなかった。司書の判断としてである。図書館員の専門性、司書がいる意味がそこにある。資料の収集方法にあたっては、現在だけではなく、将来にどう応えて収集していくかも考える必要がある。逗子市立図書館では、複本は2分室分を含め最大5冊までと決めている。将来に残していくものを購入したいからである。その一方で大事なのが、収集した資料を除籍することで、廃棄に関しても明確な基準を持つことがコレクション形成には必要となる」
 ――ネット環境の発達で、芥川賞・直木賞や本屋大賞の受賞作が数年待ちというほど予約が殺到している。例えば『火花』は横浜市や川崎市では2000人から3000人以上もの予約者がいるという(9月末現在)。これは特殊な状況だと思うが、そういう本を何冊も購入して、市民に早く提供することが本当に住民サービスに資するものなのか。
 「アメリカの図書館では、書店の仕入部数を参考にして、購入冊数を決めていた。しかし、日本のように1冊の本にこれほど予約が殺到することはあり得ない。図書館法はそもそもアメリカの主導で1950年に制定された。民主主義を育てる土壌として図書館が必要であると、教育制度改革の一環として実施された。これまでの村落単位での意識形成から、一人ひとりが考えることのできる日本人に変わる、そうならなければ民主主義教育は成り立たないという考えがその根本にある。しかし、貸出を中心とする図書館が拡大・深化していくなかで、自らの意思で利用する(学ぶ)のではなく、マスコミの意思によって利用する(学ぶ)ように変化してきた。テレビが、あるいは新聞が取り上げている、しかし自分で購入するほどの本ではない、だから図書館で、となっている気がしている。資料費の予算規模が小さい図書館では、購入冊数が限られるので予約希望を優先させて対応せざるを得ない。利用者と図書館の双方の事情の結果でもあるのだろう」
 ――ベストセラーを複本で購入しないという考えはあり得ないのか。
 「利用者の求めに応じないというのは本当にしんどい仕事。リクエストがあった資料を、類書が多いといって購入を断ると、『一館長にそんな権限があるのか』とネットで書かれたこともあった。図書館員の多くがこうした経験をしている」
 ――全国図書館大会で新潮社の佐藤隆信社長が図書館での貸出猶予をお願いすることを検討していると話していた。
 「個人的な見解だが、売れない高額で少部数の本は図書館が購入すべき、売れる本は図書館では購入するなというのでは、都合がよすぎる。文化の普及に果たしてきた図書館の役割も認めて欲しい」
 ――買うなとまでは言っておらず、購入しても貸出を猶予してほしいと言っているようだが。
 「『購入しない』ことと、『購入しても貸し出さない』こととは、図書館にとっては同じ。購入しても貸し出さなければ、利用者から本屋にあるのに『なぜ貸さないのか』と厳しく問われる。また、書籍の新刊に貸出不可と〝装備〟し、ICタグの管理システムの変更など、時間も費用もかかる。確かに、予約数も多く貸出重視の図書館も多いので、佐藤社長が怒るのも無理はない。しかし、それを『図書館が悪い』、『一定期間は提供できない仕組みを作れ』ということになれば、その資料の購入を見合わせる図書館も出るのではないか」







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約