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評者◆稲賀繁美
「談合」と「根回し」の復権――知の技法におけるニッチと、異文化伝達における暗黙の次元・再考 ゲッティンゲンの会議から(2)
No.3229 ・ 2015年11月07日




■(承前)生存圏におけるニッチの確保は、情報伝達・知識移転において枢要な「巣」となる。この話題を脳神経学と生態学との交叉から翻訳学経由で経営学に越境させるとどうなるか。
 かつて半導体日米交渉の副産物として、日本式「談合」dangoが指弾され、違法行為として放逐された。だがその後レーガノミックスを経験した米国からはconsortium制度が日本に上陸してきた。思うにこの舞台裏には、日本の慣習的仕来りは非合法化する一方で、舶来制度によってこれを補完するという便法が、体裁を繕うために行政措置として取られた節はなかったか。日本的know‐howが北米経路で合法措置へと再合理化される。これもknowledge transferの一例だろう。はたして「談合」とコンソーシアムとはどう違うのか。そもそも両者は、語源的にもきわめて類似した社会的合意形成のnicheだったはずなのに。
 「根回し」nemawashiも日本的経営手法として、しばしば悪者扱いされる。だが根回しとは植木屋さんの用語、移植術transplantationではなかったか。周到な根回しをせずに木を移植すれば、枯れてしまう。とすれば経営上の知識の移転knowledge transferにおいても、しかるべき「根回し」は必要な技能ではないか。「根回し」即犯罪とする決め付けの背後に隠された価値観こそが問題とされるべきだろう。全球的globalに商取引の慣行が統一される現今の趨勢にあっては、地域的な慣習は国際語に翻訳できないため、とかく不透明な海賊商法として排除されがちである。そもそも言語化されない身体的な技能skillも、言語的な契約を優先する国際法の下では、価値低減を蒙り、野蛮・未開として排斥される。
 だがアンドレ・ルロワ=グーランの名著『しぐさと言葉』を持ち出すまでもなく、ヒトの大脳皮質の進化にあって、手の仕草と音声言語とは、相互に隣接したniche状の回路を形成して獲得されていったはずである。それはニューロンにおける「根回し」ではなかったか?
 言語的な契約は、違反した場合の罰則規定を厳密にするうえでは、きわめて有効だ。しかし契約の履行には、文書化するのが極めて厄介な、前言語的な相互信頼も不可欠だろう。あるいは異言語間の翻訳という回路を経由しなければ成立しない契約には、母語には移転できず、分節不可能な要素が絡まってくる。ともすれば日本流の沈黙は、契約上の透明性を阻害する悪しき風習として、国際的な商取引で忌避され、経営学の教科書でも白眼視されてき
た。だが沈黙が交渉相手に不安を与え、譲歩を引き出すこともあれば、沈黙を守って遣り過ごす徳により、双方を危機から救う場合もある。交渉も含めて一般に、失敗の原因は事後的には説明可能だが、成功の鍵は言語的分析の限界を超える。ノーベル賞化学者、マイケル・ポラニーはここに「暗黙の次元」tacit dimensionを見出した。これも一種のnicheとみてよいだろう。
 松岡正剛は聡明にも創発におけるtacitknowing「暗黙能」をtacit knowledge「暗黙知」から区別した。ポラニーの考えは、日本では野中郁次郎による経営学への知識移転の過程で、「言語化できない勘」の如きコツへと変質を遂げた嫌いも、なくはない。だがそうした「誤解」も知識移転に不可避の「ゆらぎ」や「モアレ」の生態だろう。
 ではnicheの空隙はいかにして測定できるのだろうか。「ドーナツを食べて、その穴だけ残す」とは、大阪大学のチームが提唱した思考実験だった。物理実験的には実体を薬品で溶かしたり、空隙のニッチにパラフィンを流し込んで型を残したり、といった技法も可能だろう。虚実を逆転する刻印転写の発想だが、これは他ならぬ友禅の染付技法ではなかったか。
〓〓つづく







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