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評者◆志村有弘
青春の悔いと文学仲間の苛烈な人生を綴る立花健の現代小説(「九州文學」)――幕末の画家を描く柴田宗徳の歴史小説(「流氷群」)。戦争反対を叫ぶ詩
No.3229 ・ 2015年11月07日




■現代小説では、立花健の「川は流れる」(九州文學第554号)が力作。健は青春の日、恋人と不用意な一言で別れてしまった悔いを引きずる。スポーツで製鉄会社に入ったものの怪我をし、文学の世界にのめりこんでゆく。同人誌仲間で年長者の自殺などやりきれない状況が描かれる。かつて流行した仲宗根美樹の「川は流れる」中の歌詞「人の世の塵にまみれて」などを随所に引き、辛くやりきれない人生の哀感を見事に描き上げている。
 大塚古史郎の「大夕張」(青の時代第42集)は、六十年ぶりに訪れた大夕張の光景描写から始まり、昔、「僕」(小学六年)が夏休み、旭川から叔父(炭鉱の事務職)・叔母の住む大夕張に滞在したおりのことを綴る。目の不自由なおばあさんの「いつか石炭はなくなる」と未来を予測した言葉が印象的だ。孫を死なせているおばあさんの悲しみ、叔父叔母の行動などを見通している少年(僕)の目。素朴だが、美しい短編だ。
 東一穂の「孤高の艦―最後の突撃―」(照葉樹第二期第八号)は、まもなく太平洋戦争が終結する昭和二十年七月十八日、マレー半島中央部の海域における駆逐艦神風と潜水艦ホークビルとの戦い。春日中佐の神業ともいえる洞察力と戦法。ホークビル艦長の春日に対する敬意の念、春日の人間愛が優しい旋律を奏でる。次回は「作者の父」が乗船した讃岐丸と父の姿を描くことを期待したい。
 小川悦子の「『私だけは』と思っていたのに―ある詐欺未遂事件ドキュメント―」(新現実第125号)は、はやりの詐欺未遂事件を綴る。D証券とT製薬の社員を名乗る男から電話があり、「私」は話に乗せられそうになる。いつのまにか詐欺の話に引き入れられてしまう恐ろしさ。少女期、離島に住んでいた頃の代用教員(後に医師)に対する思慕とその後の爽やかな交流も記される。
 詐欺未遂といえば、新谷康陽の実録「我が家で起きた「オレオレ詐欺未遂事件」」(播火第96号)は、母が詐欺に騙されそうになった話。被害に遭った人の約九割が「オレオレ詐欺で騙されるなんて、アホやろ」と言っており、土日が金融機関が休みであることから、詐欺の日は金曜日であるという。母が家族の目を盗んで「私」の兄を語る犯人らにどうしたら金を渡すことができるかと算段するのは、詐欺者の百戦錬磨の巧みさの証明。
 川瀬健一の「亡き友を偲んで」(Pegada第16号)は、「私」の大学時代からの友人吉川裕子との交遊とその死を綴る。エッセイとして掲載されているが、私小説として読むことができる。吉川の凛とした姿とは別に、「私」の吉川に対する慟哭と哀惜の念が滲み出る。
 歴史小説では、柴田宗徳の「画狂・為恭」(流氷群第58号)が圧巻。主人公は語り手の信吾とその師狩野永泰の子の為恭。尊皇攘夷の嵐が吹きすさぶ幕末。『伴大納言絵巻』など、見たいと思う絵巻があれば、それに向かって邁進する為恭。為恭の妻となる綾衣の美貌が登場人物の運命を狂わせる。為恭は酒井若狭守や不正の公卿と交流を持っているとの噂で殺害される。横恋慕した恭儀は、綾衣に子を孕ませたものの、気位の高い綾衣の前に自裁して果てる。恭儀は密告して為恭を殺害することに成功したが、気位の高い綾衣と共に生きる気力をなくして自殺する。綾衣のしたたかな生き様が印象的だ。地味な作風だが、いぶし銀の光沢を感じる。
 豊岡靖子の「江戸深川 呉服店岩田屋の女房」(あべの文学第21号)が、読ませる時代小説。まつは呉服屋与一郎に嫁いだが、夫は女たらし。突然、夫の子と名乗る少年が訪ねてきた。少年の出現で、本当の若女将の認識を抱くようになったまつ。揺れ動く女の心裡が素直な文章で巧みに描写されている。
 戦争への危機を訴える作品が多い。詩誌「コールサック」(第83号)主宰者鈴木比佐雄は「不戦の若者たち」と題する詩で、「九条こわすな」「戦争法案反対」を叫ぶ高校生たちの姿を示し、宗左近が「戦争中でも人を殺したくなくて/身体を壊し精神の異常を訴えて徴兵を避けた」と記し、鈴木の父は中国戦線から帰還したのちアル中となり死んでいったことを綴る。鈴木の父も一人の戦争犠牲者であった。
 短歌では、西尾清子の「花冷えの朝」(中部ペん第22号)と題する「思い出を繋ぎて生命の糧とする老父は一言「今日過ぎた」と」が心に染みる。
 研究領域では、「吉村昭研究」が31号を重ね、同誌の別冊ともいえる「吉村昭資料集2 著作年表・初出一覧」(桑原文明編)が吉村の全仕事を知り得る労作。「甲蟲派」第5号に石上玄一郎の未発表講演「図書館と作家―柴の虫の繰り言」が掲載されていて貴重。「近代文学資料研究」(同研究会発行)が創刊され、加藤美奈子の倉敷市蔵「薄田泣菫文庫」の与謝野寛・晶子・山川登美子の泣菫宛の書簡等を影印で示し、その不可解さを考察する論、塩谷昌弘の鈴木彦次郎筆金田一光追慕碑をめぐる論など、示唆に富む論考が並ぶ。
 追悼号として、「象」第82
号が藤森節子、「船団」第106号が杉本秀太郎、「タクラマカン」第53号が岡見裕輔、「花」第64号が佐々木登美子、「播火」第96号が一畑耕(曽我部博)・後藤茂(含訃報)。御冥福をお祈りしたい。
(相模女子大学名誉教授)







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