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評者◆殿島三紀
イラン映画界新鋭の贈る感動作  アミルホセイン・アスガリ監督『ボーダレス ぼくの船の国境線』
No.3227 ・ 2015年10月24日




■『顔のないヒトラーたち』、『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』『光のノスタルジア』『真珠のボタン』などを観た。
 『顔のないヒトラーたち』。監督はジュリオ・リッチャレッリ。ドイツの知られざる戦後史にくいこんだ作品だ。1963年12月20日、フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判の初公判が開かれるまでの若き検事の奮闘を描いている。戦時中のホロコーストをきっちり断罪し、90歳を超えた元SSへの糾弾を続け、シリアからの難民を受け入れるドイツ。そんなドイツも戦後はアウシュヴィッツの過去をひた隠しにしていた。意外な事実をサスペンスフルに描いた傑作。
 『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』。ジョン・マルーフ&チャーリー・シスケル監督作品。8年前、シカゴ在住の監督がオークションで大量の古い写真のネガを入手。その一部を自身のブログにアップしたところ、ものすごい反響があった。撮影者の名前はヴィヴィアン・マイヤー。だが、その名前をネットで検索しても何一つヒットしない。二年後に再び検索した時にあったのは数日前に亡くなったという彼女の死亡記事……。謎の女性写真家の生涯とその作品を描いたドキュメンタリー。
 『光のノスタルジア』『真珠のボタン』。ラテン・アメリカを代表するドキュメンタリー作家パトリシオ・グスマン監督の作品。前者では宇宙とチリ・アタカマ砂漠が、後者では深海と西パタゴニアが舞台の二部作。宇宙のかなたの星に視座を据え、チリ軍事独裁下、砂漠に埋められた死者を見る。あるいは一つのボタンから滅びゆく先住民族へ眼を向ける。かつてなかった視座を持つドキュメンタリー作品だ。
 今回紹介するのは『ボーダレス ぼくの船の国境線』。イランのアミルホセイン・アスガリ監督作。本作が長編デビュー作となる。イランといえば現状への不満や批判を、子どもを通して描いた名作が多く、本作もそんな作品の一つだ。実はイランではこのデビュー作を作るのが難しい。撮影にはベテラン監督のサインがないと許可が出ないからだ。監督は何人もの監督に脚本を送ったが、返ってくるのは「この映画は作らない方がいい」という返答。唯一アボルファズル・ジャリリ監督(『少年と砂漠のカフェ』)がアドバイザーとなってくれて漸く生まれた作品である。
 イラン・イラク国境の立入禁止区域に放置された廃船で、魚や貝を採り一人で生きる少年。そこに突然国境のあちら側から同年輩の少年兵が乗り込んでくるところから物語は緊張を孕んで展開する。少年兵は甲板にロープを張り自分の領分とし、船の備品を勝手に持ち出していく。少年は怒るが、少年の話す言葉は少年兵には通じず、少年も少年兵の言葉がわからない。時に銃を構えて威嚇する少年兵には万事休す。爆撃音が続いたある日、少年兵が赤ん坊を連れ込む。そんな廃船にまたまた一人の侵入者が……。
 廃船の中で交錯するペルシャ語、アラビア語、英語。誰も理解できず、話すこともできない言語は無力だ。しかし、3人の間には、最初の緊張が消えると、平和とはいえないが、微妙なバランスが生まれてくる。少年兵は実は少女だったのだが、2人の間に恋心が生まれるでもなく、ただ全力で生きる姿が鮮烈だ。唯一の大人である最後の侵入者・アメリカ兵は故国の家族に想いを馳せながら折れそうな心を支えている。
 時代はおそらくは1980年代のイラン・イラク戦争後。舞台はイラン・イラクの国境。いまだ終わりを見せない中東の争い。そこにスポンと切り抜かれたエアポケットのような廃船。その中に訪れるひとときの安らぎに吐息がもれる。少年兵の張ったロープは取り外され、言葉すら必要ないボーダレスな世界に神以前の在り様を見る。例え、それがひとときの世界に過ぎないとしても。
(フリーライター)







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