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評者◆成川真(ブックポート203)
悪をもって悪を制す
孤狼の血
柚月裕子
No.3226 ・ 2015年10月17日




■極道、ヤクザ、暴力団……一般人からは想像さえできないもう一つの裏の社会。
 しかし、それは現実に存在し、その取締りに全力を注いでいる警察組織がある。俗にいうマル暴、暴力団を対象とした組織犯罪対策部である。TVドラマや小説など、基本的にはフィクションでしか知らないので、誇張や虚飾に満ちているが、「根がヤクザでなければ勤まらない」とか「代紋を背負ったヤクザ」とか、いわれ放題だ。
 とはいえ暴力団に対抗するとなれば、それ相応の覚悟がなければ勤まらないし、少なくともお行儀よくしていて治められるほど甘い部署でないことは想像に難くない。
 一度、万引きした窃盗犯の件で警察署に行った時に、マル暴の刑事さんにお会いしたことがあるのだが、まさしく豪快な、前述の噂に反しないお人柄であったことは書き添えておく。もちろん一人だけなので、その方が特別だった可能性もあるが。
 そんな世界を背景に『孤狼の血』は男の世界を描き切っている。
 舞台は昭和六三年の広島、呉署の捜査二課に配属された刑事・日岡の目線で物語は進む。この小説、日岡よりも、その上司となる大上章吾という刑事のほうが主人公ではないか、と思われるほど魅力に溢れている。
 破天荒、まさにそんな言葉が似合う大上は、これ以上ないほど検挙率を誇っていて、だからヤクザとの癒着が噂されながらも放任されているのだ。そんな大上とともに捜査を進める日岡は、次々と驚きの光景に遭遇していく。大上とヤクザとの関係、不可解な金の流れ、法を逸脱した捜査法。大上が型破りなのは、性格だけではなく、その独自の捜査法にもあって、日岡は眉をひそめっぱなしだ。
 法を守るべき警察官が法を逸脱した捜査を行う、しかしある部分でそれは理と利に適っている。様々な角度から相対する正義に、揺れ動く日岡の感情。まさしく日岡は読者の鑑として大上を眺めている。
 捜査が進むとともに状況は深刻さを増し、いやがおうにも緊迫感は張りつめていく。この辺りの読者の引きつけは見事で、自分のまわりの空気が粘着性を帯びたように淀み、血なまぐさい臭いすら感じられるほどで、ページを繰る速度が増していく。
 暴力団と暴力団との抗争、それも全面抗争ともなれば一般市民にまで被害が及ぶ最悪の事態だ。それを止めるために、大上はありとあらゆる手段を使う。非正規な手段を含めて。時には暴力団以上の苛烈さをもって。
 もちろんフィクションである。にもかかわらず、本当にこんな世界が繰り広げられているのではないか、という思いすら抱かせるリアリティがそこにある。できる限り読者をうまく騙すことが小説の意義であるとしたら、この小説は大成功だといえるだろう。
 終盤、驚くべき事態を迎えた後に、小説は一つの終焉を迎える。小説の題名にも繋がるその結末は、ある答えを読者の眼前につきつける。本当の正義とは何か? 手段なのか結果なのか? 果たして何が正しいのか?
 どう受け止めるかは各人によるだろうが、ハードボイルドな男の世界を描き切った見事なラストといえるだろう。
 作者の柚月裕子さんは、第七回このミステリーがすごい大賞! でデビューした。直木賞を受賞した東山彰良さんも第一回このミステリーがすごい大賞! でデビューしていて、このところの同賞出身者の躍進には目を見張るものがある。柚月さん自身は、『最後の証人』でその地位を確実なものに築き上げたが、今作ではその地位を不動にするというより、新たなステージに上り、踏み固めたといえよう。
 これほどのハードボイルド小説をなんと女性が書き上げた、と書くと男女差別だとの声が上がりそうだが、未だに女性の気持ちがわからないと数多の女性からお叱りの声を頂戴する小生としては、異性の世界を違和感なく描き切ったというのはものすごく驚くべきことなのだ。
 とにもかくにも、その世界に没入してしまうこの小説、ご一読をお勧めする。







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